アメリカで家計債務の膨張が止まらない。ニューヨーク連銀のレポートによれば今年3月末現在で家計債務は13.67兆ドル(約1480兆円)と2008年のリーマンショック時の12.68兆ドルを約1兆ドル超えるまでになった。その中で額が大きいのは当然のことながら住宅ローンだが、学生ローンや自動車ローン、そしてクレジットカード債務が急速に膨らんでいることが懸念される。
特にクレジットカード債務は、今年3月末現在で残高は85百億ドル(約92兆円)と規模は学生ローンや自動車ローンより少し小さいが、消費者の生活に密着したものだけに、その増加は懸念される。
アメリカでは日常のほんの少額の支払いでもクレジットカードを使うほどクレジットカード払いが浸透しており、クレジットカードを持てない最も所得の低い層を除けば、生活のツールの一つとしてなくてはならないものとなっている。そしてアメリカ人はクレジットカードで支払っているときに借金をしているという感覚は持っていないようで、比較的所得が低い層を中心に、収入以上にクレジットカードで支払いを行っているものが多い。
クレジットカードの返済は、日本では徐々にリボ払いが増えてきているものの、依然として一括払いが多い。しかしアメリカではクレジットカードの返済は、原則リボ払いだ。例えばミニマム・ペイメントとして毎月100ドルずつ返済する設定にしておけば、今月のクレジットカード支払いが1200ドルあっても、100ドルが口座から引き落とされた後の1100ドルは翌月に回される。
そして翌月同じようにクレジットカードで1200ドルの買い物をしたとしたら、前月の分も合わせて翌々月に2200ドル繰り越されることとなる。こうしたことを繰り返し行うと、残高に日本の利息制限法も真っ青になるほど高い金利がつくことと相まって、気が付いたときにはびっくりするような金額になっているのだ。
こんなことをしていたら、アメリカ人はみんなすぐに破産ではないかと思うかもしれないが、そうはならない。富裕層は高率の利息の支払を避けるため、月末を超えて残高が残らないように毎月きっちり支払いをする一方、低所得層は、クレジットカードのショッピング枠を使い切ったら、別のカードを契約してその枠一杯まで使い、さらにその枠もいっぱいになればまた別のカードを契約しているからだ。アメリカの金融機関は低金利環境の中で魅力的な収益源が乏しいため、クレジットカード使用残高を翌月に持ち越してくれる債務者を競って求めているので、新しいカードを作るのは簡単だ。
ただ、そんなことはいつまでも続かず、契約できる全てのカードの枠を使い尽くした人達は、ミニマム・ペイメントすら支払えなくなりローン破産者となる。
今のところアメリカの失業率は低く、クレジットカードローンの債務不履行率は徐々に上がってきているもののまだ高くはない。上記のニューヨーク連銀のレポートによれば、今年の第1四半期現在、90日以上の延滞となっている債務の割合は全体の債務残高の5.04%にとどまっている。金融機関としては、クレジットカード債務破産が一部のものに止まっていれば問題ない。
しかし、これが急に増えると金融機関の経営を揺るがすこととなる。例えば、最近ホルムズ海峡でタンカーが襲撃されたニュースが飛び込んできたときは、原油価格やガソリン価格が跳ね上がったが、今後アメリカとイランの間で戦争が勃発してガソリン価格が急激に上昇したり、アメリカと中国の貿易戦争の激化で景気が悪化して失業者が急に増えたりした場合、クレジットカード債務をぎりぎりで返済している人たちのローン破産が一気に早まってしまう恐れがある。
リーマンショックの時は、金融機関はクレジットカード債権を約1000億ドルも償却せざるを得なくなったが、仮にそれと同じような事態が生じたら、その影響はアメリカだけにとどまらず、世界経済全体にも及んでこよう。
クレジットカード債務は、アメリカ経済だけでなく世界経済にも大きな影響を及ぼしかねない時限爆弾だ。
有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト