毎日新聞vs. 国家戦略特区、それは「隠蔽」か「秘匿」か

田村 和広

キャンペーンは第二段階へ

6月11日から始まった毎日新聞による戦略特区ワーキンググループ(以下WG)をめぐる報道は、15日までの5日連続キャンペーンで第一段階を終了した。中二日の休みを挟んで18・19日に第二段階へと移行した模様だ。

第一段階は終了し係争案件に発展

第一段階における主要な争点はWG側の利得の有無だった。名指しで報道された原英史WG座長代理は、6月14日付で毎日新聞社代表取締役社長あてに抗議書(内容証明)を送付し、翌15日にはインターネット上にその文面を公表した。この抗議書によれば、原氏は「7日以内に、本件記事が事実に反するものであることを明らかにし、通知人に謝罪する旨の記事を毎日新聞に掲載するよう」求め、「これが容れられない場合には、通知人は、必要とされる法的手続を執る」ことを予告した。

その後も毎日新聞は関連報道を続けていることから、謝罪記事の掲載は行われない可能性が高く、論争の場を法廷に移すことになるだろう。そのため疑惑の有無については最早論評を控え事実の解明を待つしかないが、一個人で報道機関という大組織に対して一歩も引かず正々堂々と戦う原氏には敬意を表する。

キャンペーンは第二段階へ

毎日新聞朝刊(19日)より

毎日新聞は、6月18日と19日、論点を「政府によるヒアリングの隠蔽」へと移し報道している。また朝日新聞も19日「戦略特区内部資料 水産庁が一転公表 審査問題 野党ヒアリング」(4面)と報道した。朝日新聞としては、毎日新聞が「収賄」相当を演出した第一段階では報道価値を見出さなかったが、「野党による追及と政府の対応のまずさ」には報道価値を認めたということだろう。

これは定番のキャンペーン活動

ここまでに見られた報道側のプロセスは、いつも通りのキャンペーン活動だ。つまり、はじめに(創作した)疑惑を追及し行政に精神的な高圧をかけ、次に情報や書類の取り扱いなどに関して行政組織側の不適切な業務執行を誘発し、最後に業務執行の不備を以て現政権の責任を問う、という定型化された行動様式である。

ヒアリングの非公開は「隠蔽」か「秘匿」か

第二段階における論点は、第一段階後半で浮かび上がった二つの論点を継承している。第二段階の論点を要約すると次の2点である。

【論点1】審査やヒアリング開催の非公開は「隠蔽」だ。

【論点2】「政府の隠蔽」が判明した。

二つの論点に共通する鍵は、「ヒアリング開催」の非公開は、「隠蔽」か「秘匿」か、ということである。ここで念のため言葉を確認しておく。(出典は全て三省堂大辞林第三版)

【隠蔽】  ある物を他の物で覆い隠すこと。見られては都合の悪い物事を隠すこと。

【隠匿】  隠してはいけないものを包み隠すこと。

【秘匿】  隠して他人に見せないこと。

【非公開】一般の人が自由に見聞きできないようにされていること。

「隠蔽」という言葉には価値判断が含まれる

「隠蔽」という言葉には、隠した内容が「見られては都合が悪い物事である」という価値判断が含まれている。善悪の判断には根拠が必要だが、公表又は報道された内容からは、法律的または道義的に「悪」と判断する根拠がない。

毎日新聞の取材(質問)とWG側の回答

八田達夫WG座長(アジア成長研究所理事長、大阪大学名誉教授)が6月15日に公開した「毎日新聞社杉本修作記者への回答」によると、次の質疑が行われている。(抜粋)

質問1:なぜ開催を非公開としたのですか。非公開にした理由について答えてください。

回答1:当WGでは、(中略)原則は公開としつつ、他方で提案者が非公開を望み、それに相当の理由があると認められる場合や、その他提案者を守る必要があると考えられる場合には、非公開を認めるとしてきました。必要に応じ、個別の情報収集や意見交換などの打ち合わせを行うこともあります。例えば、業界の内情に関する内部告発に類する情報提供を頂くこともあります。こうした場合、お話を伺ったこと自体を含め、秘匿するのは当り前です。(抜粋おわり)

毎日新聞側は、質問の際には「非公開」として聞いているが、実際の記事には「隠蔽」として批難の意を含む表現に言い換えている。この使い分けには道義的な観点で疑問を感じるが、更に「隠蔽」には該当しないことをそう表現し印象操作していることも問題である。

誰にとって「見られては都合が悪い」のか

「隠蔽」と表現するためには、「隠した物事は、公表されると当事者にとって都合が悪い」ことが必要条件だ。しかし、上記の回答によれば、「提案者を守る必要があると考えられる場合には、非公開」としている。ここで考慮されている「都合」とは、WGにとってではなく「提案者にとっての都合」である。

それでも「隠蔽」と表記するならば、例えば「WG側への利益提供」など(想像上の可能性ではなく)事実を論拠として提示することが必要だ。現状ではそれらの根拠は認められない。現状では、WGが非公開としたことを「隠蔽した」と表現するのは言い過ぎである。

公表内容の判断はWG座長の裁量

毎日新聞は“またWG運営要領には「座長がWGの内容等を適当と認める方法で公表する」とあり、開催自体を非公表にできる規定は明示されていない”(18日24面)と報道している。一方、国家戦略特区ワーキンググループ運営要領(内閣府サイト)によると次の通りである。

(審議の内容等の公表) 第4条 座長は、ワーキンググループの内容等を適当と認める方法により、公表する。

毎日による要領文の読解に関する2つの疑問

細かい表記の違いはさておき、2点の疑問がある。

一つは、審議の内容等としての「ヒアリング」をどこまで含めるか、である。ヒアリングは日常語であり、厳密な定義がなされているとは思えない。電話確認も会議の正式な聴取もヒアリングには含まれる。聴取という行為を全てヒアリングと位置づけて開示せよ、というのは現実的な主張ではないだろう。

もう一つは、「座長は、ワーキンググループの内容等を適当と認める方法により、公表する」という表現からは、「情報を100%開示するか、50%開示するか、それとも0%開示するか(=開示しない)という判断の裁量は、座長に委ねられている」と読める。従って、開示に伴ってWG以外の情報提供者に著しい問題が発生するならば、「内容の公表そのものを不適切と判断し、従って公表しない」とする取り扱いもまた、論理的に読解可能である。毎日新聞による当該部分の読み取りにはやや「自説に好都合な文章理解」を感じる。

新聞のレトリック

今回も観測された新聞のレトリック(修辞)は、技術的には極めて巧みであった。しかし同時に邪悪な意図も感じられる。新聞読者には、興味のある見出しの記事だけを読む人も多い。刺激的な見出しと巧みな技巧を用いることで、新聞はいまだ世論を誘導できるのだろう。

新聞は、恒常的に都合良く言い換えや切り取りをしているが、他者を厳しく追及するならば、自らも読者を誘導していることを「隠蔽」するのはやめるべきだろう。

田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。