安倍訪問は利用された?タンカー攻撃、藪の中の蛇は突くべからず

鈴木 衛士

どうやら、16日の拙稿「日本タンカーへの攻撃、先ずは攻撃主体の特定を」で指摘した攻撃主体が、「藪の中」で頭をもたげたようである。

イラン・イスラム共和国放送より:編集部

日本が運航するタンカーへの攻撃に関して17日、新たに米国が「イランが関与した」とされる証拠写真を公表した。そこには、海運会社「国華産業(東京)」が運航するタンカーの船体に開いた穴の様子や、装着されたまま残された不発機雷のものと見られる部品が写っていた。

一方、イラン政府のラビイー報道官は記者会見で「攻撃して得るものは何もない」と関与を全面的に否定し、イランの仕業だとする米国の主張は「多くの国が疑っている」と述べて、これが米国によるでっち上げだという主張を行った。

しかし、イラン革命防衛隊などからこの攻撃に関わる「具体的な攻撃手段に関わる見解や証拠」などの提示は未だになされていない。米国によって「革命防衛隊と思しき兵士らが不発機雷を取り外したとされる映像」が公表されたにもかかわらずだ。こうなると、やはり米国の主張する「革命防衛隊が関与した」とする主張が信憑性を帯びてくる。

攻撃が行われた海域は、革命防衛隊の本拠地に近く、攻撃後のタンカーに対する初動の救難活動も同隊が実施している。また、日本運航タンカー乗組員の「飛翔体を目視した」との証言から、この爆破との関係は不明ながら、同時間帯に砲弾又はミサイル等の飛翔体がどこからか発射されたものと考えられる。

これらの状況を俯瞰すると、この攻撃を(何らかの手段で)革命防衛隊が探知していないはずはないと思える。もし、この一連の事象に自らが関与していないならば、革命防衛隊は何らかの知り得る具体的事実などを列挙して米側に反論するはずである。また、米側が機雷の取り外しだとする映像に対しても、その事実関係について革命防衛隊は自らの見解を述べようとしていない。

もしこれが、革命防衛隊の所業ならば、イラン宗教指導者の直属の部隊である同隊がハメネイ師の了承を得ずにこのような攻撃を行ったとは考えられず、これはハメネイ師を筆頭としたイラン指導部の指示によるものと考えなければならない。その場合、ホルムズ海峡の船舶通峡に関して誰よりも熟知している革命防衛隊ゆえに、これを日本が運航するタンカーと知った上で攻撃した可能性は高い。では、なぜこのような攻撃をイラン指導部は指示したのであろうか。

ハメネイ師は、安倍総理との会談を最大限利用しようとしたのではないだろうか。その目的は三つ考えられる。

一つは、「イランは核兵器の製造も保有も使用もせず、その意図もない。これはファトワ(イスラム教の高位の宗教指導者によって出される宗教的な見解)でも示している」ことを改めて対外的に主張すること。もう一つは、現在のこの中東における緊張状態は、2015年の核合意から一方的に離脱を決めて受け入れ困難な要求を突き付けた「トランプ米大統領が引き起こしたものだ」という主張を宣伝すること。そして最後に、この会談を「瀬戸際外交に利用すること」ではなかっただろうか。

つまり、現在の緊張は、「トランプ大統領による暴挙であり、イランはこの被害者である」とのイメージを誇張して緊張をさらに高め、「国際世論を我に有利にすることを企図した」のではないかということでる。

普通に考えれば、安倍総理がハメネイ師と会談するタイミングでイランが日本のタンカーを攻撃することなどあり得ないと考えられる。さらに、米国がこの攻撃をトリガーとして中東への兵力増派を行うなどしてさらに緊張を高めれば、「米国はやはりイラン攻撃の口実を作るために革命防衛隊によるタンカー攻撃をでっち上げた」との主張が説得力を持つことになる。これを裏付けるように、すでに中露だけでなくEUの一部や米国内の反トランプ勢力までもがこの主張に同調する姿勢を示している。

以上の推論が正しいならば、イランは情勢を入念に分析して「現在の米による一連の軍事行動はブラフに過ぎない」と見抜いてチキンゲームを始めたということになる。そして、次なるカードは低濃縮ウラン貯蔵量の300キロ超えであり、さらにはウラン濃縮度の3.67%超えと緊張をエスカレートさせる切り札を留保している。

中東アジアにおける緊張がもたらす原油価格の高騰や金融市場への影響は計り知れない。欧州や中露を始めとする関係国は何としても緊張を緩和しようとこぞって仲介に乗り出すだろう。こうなれば、米国にも相応のプレッシャーがかかるに違いない。

直近には日本で開催されるG20、さらにその向こうには米大統領選も控えている。イランへの強硬政策は多くの支持を集めているかも知れないが、これが戦争となると何より大切な多くの若者の命が懸かるのだからその支持は遠のくであろう。

ハメネイ師と会談する安倍首相(官邸サイトより:編集部)

しかし、忘れてはならないのは、軍事行動を伴うチキンゲームは双方に極めて高いリスクを伴うということである。ゲームプレーヤー自体にその意図がなくとも、緊張が極度に高まれば、ちょっとした偶発事案が戦闘に発展することは往々にしてあり得ると歴史は証明している。

とりあえず、わが国としては現時点においてタンカー攻撃の真相を追求して「藪の中」を突くよりは、現在のスタンスを崩さずEU諸国などと連携して米・イラン双方に自制を促し、この緊張状態を速やかに緩和するよう外交努力に尽力することが求められているのではないだろうか。

鈴木 衛士(すずき えいじ)
1960年京都府京都市生まれ。83年に大学を卒業後、陸上自衛隊に2等陸士として入隊する。2年後に離隊するも85年に幹部候補生として航空自衛隊に再入隊。3等空尉に任官後は約30年にわたり情報幹部として航空自衛隊の各部隊や防衛省航空幕僚監部、防衛省情報本部などで勤務。防衛のみならず大規模災害や国際平和協力活動等に関わる情報の収集や分析にあたる。北朝鮮の弾道ミサイル発射事案や東日本大震災、自衛隊のイラク派遣など数々の重大事案において第一線で活躍。2015年に空将補で退官。著書に『北朝鮮は「悪」じゃない』(幻冬舎ルネッサンス)。