欧州幹部に仏独女性を就任させた壮絶人事抗争顛末

八幡 和郎

難航が憂慮されていたEUの首脳人事は、マクロン大統領の大胆な調整が成功し、なんとかめどが立ったようだ。

フランス大統領府公式動画より:編集部

EUの人事は欧州議会における勢力図が反映される。これまでは、第一党の中道右派(欧州人民党、EPP)、と第二党の中道左派の二大グループで過半数をとっていたので、この両者の談合で決まっていた。ところが、先般の欧州議会選挙で極右や環境派、それに、フランスのマクロン大統領の与党が属するリベラル派が躍進して、二大グループを併せても過半数を失ったので混迷が予想されていた。

それでも、中道右派グループは、ドイツのウェーバー氏を事実上の首相である委員長候補にして乗り切ろうとしたのだが、マクロン大統領から国際舞台での経験不足を理由とする異議が出て混乱した。

そこで、大阪G20の場でも舞台裏で首脳間の調整が行われ、中道左派グループ(欧州社会・進歩連盟、S&D)に属するオランダのティメルマンス欧州委員会第1副委員長が委員長となりウェーバー氏はEU大統領ということで主要国は合意した。

ところが、チェコのバビシュ首相、ポーランドのモラウィエツキ首相ら、保守強硬派グループが中道左派でかつ欧州統合急進派であるティメルマンス氏に反対して暗礁に乗り上げた。

そこで、マクロン大統領は、大胆にも、欧州委員長にドイツのフォンデアライエン国防相、EU大統領にベルギーのミシェル首相(リベラル派でフランス語圏)、EU外相に当たる外交安全保障上級代表にスペインのボレル外相(中道左派)、欧州議長にブルガリア出身のセルゲイ・スタニシェフ氏(中道左派)と委員長になり損なったドイツ出身のマンフレート・ウェーバー氏(中道右派)という組み合わせで合意が成立した。

そして、欧州中央銀行(ECB)総裁には、フランスのラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事が就任し、重要ポストを独仏の女性がそろって占めることになった。

ラガルド氏(Wikipedia)、フォンデアライエン氏(公式サイト)=編集部

フォンデアライエンはドイツ人だがベルギー生まれ。米国在住経験もある。父親も政治家で、エコノミストにして医師でもあり、7人の子の母である。

ラガルド氏ははじめENAをめざしたが合格せず、弁護士としてアメリカ系の弁護士事務所に属し、DKBなど日本企業とも仕事をした。サルコジ大統領のもとで財務相を務めた後、2011年にIMF専務理事に就任した。

ECB総裁には金融引き締め派のワイトマン独連銀総裁も候補で、イタリア出身のドラギ現総裁の穏健路線が修正されかねないと心配されていたので、市場は好感している。同じフランスのビルロワドガロー仏中銀総裁も候補だったが、ラガルド氏とメルケル首相の関係の良さが決め手となった模様。

ちなみに、政治的力学を別にすれば、欧州委員長には、女性のベステアー欧州委員(競争政策担当)やブレグジットで活躍したフランスのバルニエ首席交渉官も適任といわれていた。

いずれにせよ、マクロン大統領は、フランス内政と同じように、中道右派と中道左派という伝統的な二大勢力の弱体化という文脈のなかでキャスティングボードを握ることに成功した。その政治的手腕について改めて評価が高まるだろう。


八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授