長寿化時代の過酷さ「孤独死が他人事じゃない社会」

高幡 和也

金融庁の報告書による「老後2000万円必要」という指摘に端を発した一連の年金問題は各所で賛否の声が上がったが、これまで漠然とした「将来の年金はどうなるのか、老後の生活資金をどう確保すればいいのか」という不安に対して、一定のモデルケースを示して具体的な数字に触れた意義は小さくない。

D:5/写真AC(編集部)

ただ、長寿化社会を迎える日本が潜在的に抱える諸問題は年金制度の在り方や老後の生活資金をどう確保するかだけに止まらない。いま懸念されている問題の一つが高齢単身者の「孤独死」の増加である。

一般的に「孤独死」とは、独居状態で誰にも看取られることなく亡くなったあとに発見される死として認識されているが、実はこの「孤独死」という言葉には、未だ明確な定義づけがされていない。明確な定義づけがされていないので公的な統計データも存在しない。公的な統計データがないので、正確に孤独死の全容を把握することは難しいのである。

このような孤独死の実態を示すためによく用いられるのは、東京23区内で死因がわからず急に亡くなられた方々や事故などで亡くなられた方々の死因を明らかにしている「東京都監察医務院」が公表している「東京都監察医務院で取り扱った自宅住居で亡くなった単身世帯の者の統計」である。

この統計のうち、「年齢階級(5歳階級),性・世帯分類別異状死数(自宅死亡),東京都特別区」をみてみると、2007年に東京23区で65歳以上の単身者が自宅で亡くなられた数は約2,300人だが、その後右肩上がりに増加し、10年後の2017年には約3,300人まで増加している。

つまり、東京23区内では少なくても「毎月275人」の高齢単身者が孤独死しているのである。 もちろんこの数字は私たちがイメージするとおりの孤独死を捉えた正確な数字ではないかもしれないし、この数字が多いか少ないかについても色々な意見があるだろう。

国立社会保障・人口問題研究所が5年ごとに公表している「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」によれば、2015~2040年の間に65歳以上男性の独居率は14.0%から20.8%へ、女性は21.8%から24.5%まで上昇するとしている。この全てで孤独死が発生するわけではないが、高齢の独居世帯が増え続ければ、孤独死がますます「身近なもの」になっていく可能性が高い。

では、孤独死が発生すると一体何が起きるのか、そして孤独死の何が問題なのだろうか。

孤独死が発生した場合、まずは発見までの時間が問題となる。発見が遅くなればなるほど遺体の腐敗進行と在宅死の事実は、結果的にその建物を物理的・心理的・経済的に毀損していく。つまり、ハード・ソフト両面から「建物の資産価値の低下」が生じるということになる。

しかし、孤独死は建物価値を毀損するから問題なのではない。もちろん、建物(自己所有、第三者所有問わず)の資産価値が低下すれば、そこには経済損失が伴うので、それを無視して孤独死を語ることは出来ない。ただ、そこに視点を向けすぎると孤独死がもつ本来の問題点が希薄になる。

孤独死が社会的に大きな問題である理由は、その結果が社会に与える経済的損失よりも、その在宅死が「社会から孤立した死」だからである。孤独死を引き起こす直接的な原因は、突発的に発症した重篤な疾病や受傷等が「独居」という状況で発生することにある。

ここで見逃してはならないのは独居であっても社会との結びつきが深ければ、仮に在宅で亡くなってもその死が発見されるまで長い時間を要するとは考えにくいことだ。発見さえ早ければ、在宅での人の死が孤独死という曖昧な定義のもと、社会的に大きな問題と捉われることもないはずだ。

時代とともに日本の社会が変化していくなかで、ライフスタイルが変化し、人口構造の変化、家族・世帯に関する考え方の変化などによって単身者世帯が増えていくことは否定されるべきものではない。単身者世帯が増えることが「社会から孤立した単身者が増えること」と同義ではないし、決して同義で語られるべきではない。 単身者世帯が増えていくのはこれからの日本社会にとって避けようがないし、それを制御することも難しい。高齢単身者世帯の増加による在宅死の増加も防ぎようがない。

ただし、「社会から孤立した高齢単身者」をつくらないことで、在宅死を早期に発見したり抑制することは可能なはずだ。

もちろんその枠組み作りは容易ではない。例えば、行政が高齢単身者世帯を1件づつ訪問して見守りを行うことなど不可能だし、それを自治会などの民間組織に委ねるのも地域住民の負担増が著しい。さらに現在すでに民間の警備会社などが商業的サービスとしての見守りなどを行っているが、それには経済的負担も少なくない。

だが、手をこまねいていても「単独世帯4割時代」はやってくる。先述した国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2040年には国内の「単独世帯」の割合は全世帯の約40%にまで達する。この単独世帯のまま高齢化する世帯も決して少なくないだろう。

高齢単身世帯に対する見守りは、在宅死の早期発見だけではなく、独居高齢者の急な疾病や受傷の発見にもつながり、文字どおり命の「セーフティネット」となる。介護サービスの拡充を含めた行政の積極的な介入や、民間の住宅設備機器関連企業による孤独死対応のインフラ整備(定期的に特定の生活設備機器を操作しないと通報される等)の義務化まで踏み込んでもやりすぎではないかもしれない。

老後の資金、暮らし、住まい、そして、どう「死」をむかえるか。長寿化時代の過酷さは、決して他人事ではないのである。


高幡 和也 宅地建物取引士
1990年より不動産業に従事。本業の不動産業界に関する問題のほか、地域経済、少子高齢化に直面する地域社会の動向に関心を寄せる。