NHKの常時同時ネット配信に道を開く放送法改正が成立しました。
ぼくは衆議院総務委員会に参考人として招致され意見を求められました。
過激なこと言ってもいいですか?
かまいません。
とのことだったので、10分、スキなように話しました。貼り付けておきます。
今回の改正案は3つの柱から成るが、特にNHKの同時配信が注目されている。
私は賛成、というより遅きに失している、その立場から意見を申し上げる。
ネットの同時配信は通信・放送融合の推進。
ただ「通信・放送融合」という言葉は、1992年の郵政省・電気通信審議会答申で初めて登場し、議論は27年前から存在する。
2005年にはライブドアや楽天といったIT企業が放送局を買収する動きを見せたが特段の変化はなく現在に至る。
一方、世界的には2006年1月、アメリカ・ラスベガスのCESというイベントで、IT企業がハリウッドのコンテンツや放送局を軸とする映像配信を世界市場に行うと宣言、これが号砲となった。
アメリカの放送局も立て続けにIT企業と連携し、コンテンツ配信を始めた。
欧州もBBCやフランステレコムなど公営企業が中心となって配信を強化した。
NHK オンデマンドは2008年末開始なので、日本は3年のタイムギャップがある。
BBCはその年に同時配信も実施した。
これからNHKが取り組んでも12年の後れ。
日本は民放を含めテレビのビジネスが順調であったため、変化のインセンティブがなかったことが大きい。
ただ、制度の整備は進んだ。
以前、通信・放送分野は縦横に入り組んだ約10本の規制法があったが、通信・放送の縦割りを緩め、4本に整理した上で、通信・放送の両方に使える電波の免許を用意するなど、通信・放送を横断するサービスが提供しやすい体系に改められた。
5年の調整を経て2011年に施行され、日本は世界に先駆けた法体系を整えた。
しかしその後これを事業として活用する放送局は乏しく、一方、NHKの動きも制限されてきた。
その間、日本の放送局は地デジの整備に忙しくしていた。地デジはSDからHDへと画面を高精細、きれいにすることは達成したが、デジタル化のより重要な機能、つまりコンピュータを使って便利にすることは成功していない。
便利で楽しい機能はネットとスマホに持っていかれている。
ラジオではradikoが同時配信を行っているが、テレビのICT化は民放はTVerなどでオンデマンド配信を進めているもののNHKを含め本格化はこれからとなる。
放送側からみた課題を一口で言えば、非成長性。
融合論が始まったこの27年、ネットとスマホで通信は大きく伸びた。
広告の規模もネットがテレビに並ぼうとしている。
テレビはそれでも横ばいでよく耐えている。
しかし体力の差がついている。
東京キー局の時価総額の総計は1.4兆円弱。
昨年度のNTTの営業利益が1.7兆円弱。
1年の利益で全局を買収できる。
それだけの投資体力差がある中で、放送だけで成長戦略は描けない。
NHK、民放含め、日本の放送ないし映像産業としての戦略が問われている。
次の波はとうに来ている。
2010年ごろ、GoogleやAppleがスマートテレビと称して、テレビをネット端末にする戦略を打ち出した。
その後、ネットフリックスやアマゾンなどが映像配信を本格化して、次の波がアメリカから押し寄せている。
これにどう対応するかという場面。
参考となる国もある。
たとえばイギリス。
イギリスはBBCと民放があり、日本と産業構造が似ている。
英語圏で、ネットフリックスなどがアメリカから攻め込んでいるという面もある。
これに対抗するため、BBCと民放が共通プラットフォームを作っている。
関係者はアメリカのへの対抗策だと口を揃える。
イギリスはハード・ソフトが分離されていて、BBCも電波やケーブルの配信を外部委託。
そのハード運営会社Red BEEは、全ての放送局のコンテンツをIPベース、つまり通信のクラウド環境でソフトウェア管理するシステムを実装している。
クラウドにコンテンツを乗せ、電波、ケーブル、あらゆるネットワークで、テレビ、スマホ、PC、あらゆるデバイスに送る。
これが通信・放送融合の未来像だろう。
BBCがあと10年で電波を返上するという噂も流れている。
そしてデータ。
日本でもネット広告がテレビに並ぼうとしているが、その8割、1兆円をターゲティング広告が占める。
ユーザの閲覧履歴や支出履歴などを分析。広告はデータビジネスになった。
もはや通信か放送かという伝送路の違いよりも視聴者のデータを使うか使わないか、の違いが決定的になっている。
しかし放送は使えていない。
イギリスではNPOが放送局や機器メーカのコミュニティを作って放送局がデータを利用できるようにしている。
これもアメリカへの対抗策だと言う。
そこで今回の法改正案。
NHKガバナンス強化、役員忠実義務、情報公開などは当然のことで、特に感想はないが、NHK同時配信はようやく実現するかと期待。
実施基準の認可と計画届出という歯止めに加え、民放ネット業務への協力がうたわれている。
この協力がどうなるかに注目。
日本はイギリスのようにNHKと民放が連携した基盤整備の戦略を持つべき。
テレビ版radikoのような同時配信プラットフォームを作る。
IP クラウド対応やデータ利用促進を進めるためのNHK民放連携の基盤を構築する。
放送局の共同プラットフォームを形成して、プロモーションを高める。
IPのクラウドベースを用意して、多様な伝送路で多様なデバイスに展開するとともに、コストを格段に下げる。
視聴履歴のビッグデータをAIも回して視聴行動を導く。
この基盤を連携して作れるといい。
合わせて、ネット配信を促進するための課題として、著作権処理の円滑化が挙げられる。
放送と通信では著作権の位置づけが異なるため権利処理が複雑となる。
これを改善するには制度改正も必要になる可能性もあるが、まずは民民の努力が重要。
これにNHKが果たす役割は大きいと考える。
遅かったと個人的に思っているのは、ネット対応はNHKの使命と考えるから。
放送法上NHKの目的はあまねく良い放送、つまりナショナル・ミニマムの確保と並んで、進歩発達や国際という先端を開拓すること。
テクノロジーを開発導入して日本をリードすることが特殊法人として国が関わる理由。
ちなみにNTTも安定サービスと技術研究の2本が特殊法人の理由。
なのにNHKは新技術導入が遅れてきた。
民放との関係で、民業圧迫という理由で、受信料の2.5%の歯止めが取り沙汰されている。
この数字には国民的には特段の根拠はない。
総額で200億円弱となるが、国家レベルで調整を要する規模ではない。
国家戦略としては、千億円単位ないし兆円単位でこの分野にどう投資を呼び込むかを考えたい。
NHKや国にお願いしたいのは、まず国民利便の向上。
マルチネットワークマルチデバイスでいつでもどこでも視聴できるようにしてほしい。
そして、民放への協力の具体化。
先程課題として挙げた項目を、受信料の大きな割合を使ってでも、民放と連携して使うなりして、次世代の環境を開拓してもらいたいと願う。
国内で蛸壺の競争をしている時代ではなく、世界の中で、日本のメディア産業がどう立ち回るかという観点で政策を遂行してほしい。
今回の法案は大きな宿題を果たすもの。
次は長期的な観点の論点があり得る。
県域免許やマスメディア集中排除など放送固有の制度、NHKの目的や経営形態、通信・放送の研究開発態勢など、多様なテーマが考えられる。
メディアの未来を展望した大きな議論に進むのがよいと考える。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2019年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。