ウクライナ:政界は「道化師」の活躍の舞台に

ウクライナで21日、最高会議(定数450)議会選挙が実施され、元人気コメディアンのゼレンスキー大統領が結成した新党「国民の奉仕者」が予想通り、過半数に迫る約44%の得票率を獲得して第一党となった。ウクライナでは議会より大統領の権限は強いが、議会に基盤を持たない場合、政策を実施するうえで障害が多い。ゼレンスキー氏の新党「国民の奉仕者」が議会に基盤を確保したことで、同氏の政治、政策は実施しやすくなる。

投票するゼレンスキー・ウクライナ大統領(ウクライナ大統領府公式サイトから、7月21日)

議会選の結果を受け、ゼレンスキー大統領は同日夜、今後の優先課題として、東部の親ロシア派勢力との紛争停止、捕虜の帰還、腐敗対策の3点を掲げ、取り組むことを表明している。

ウクライナ国民が実業家・ポロシェンコ前大統領の反ロシア政策、民族主義的政策に対して次第に心離れし始めた時、人気者のコメディアンが登場し、5月の大統領決戦投票で現職を大差で破り、大統領になり、新党を結成して議会も制覇した。その政変のテンポの速さに驚く。

既成の政治の世界とは無縁のコメディアンのゼレンスキー氏は、国民が考えていること、願っていることを代弁し、キエフの中央政界を牛耳ってきた指導者にノーを突きつけていったわけだ。

先月18日、ベルリンを公式訪問したゼレンスキー氏の姿をTVで見ていた時、「国王」と「道化師」の関係を思い出した。中世のヨーロッパでは、一般の国民は国王や君主の前に、その政治への不満や批判は絶対に口に出せなかった。言えば、牢獄入りが待っていた。当時、唯一の例外は国王お抱えの宮廷道化師だ。彼は国王の弱みを突いたり、不満を吐露しても罰せられない唯一の階層に属していた。一方、国王は国民の声を直接聞く代わりに、側近の道化師を通じて国民が抱えている問題や不満を知り、それを政治の世界に反映していく、といったプロセスが見られた。

ゼレンスキー氏はコメディアンで宮廷道化師ではないが、コメディアンが現職の大統領を大差で破って大統領に就任できた背後には、ゼレンスキー氏が一種の道化師のように、国民の考えや感情を代弁し、指導者の前で国民の願いを代弁する存在だったからだろう。国民はどの時代でも道化師を愛するものだ。

イタリアでも2009年10月、人気コメディアンのベッペ・グリッロ氏は企業家のジャンロベルト・カザレッジョ氏と一緒になって「五つ星運動」を結成した。大衆の不満や批判を吸収していく人民主義政治を展開させる一方、ローマ主導の中央政界で既成政党を批判して旋風を巻き起こした。すなわち、グリッロ氏やゼレンスキー氏のようなコメディアンがアンチ・エスタブリッシュメントのシンボルの役割を果たしているわけだ。

道化師が中央政界で政治家の腐敗を追及することで、それを見ている国民は日ごろのうっ憤を晴らし、一種のカタルシスを感じる。俳優、コネメディアン、テレビのタレントが選挙の度に一定の国民の支持を得るのは、その知名度だけではなく、彼らが道化師的役割を演じることへの期待があるからではないか。

ところで、国民の声を代弁する道化師が大統領に就任することはこれまで考えられなかったが、ここにきてそれが考えられるようになってきたのだ。民主主義国だけであり得る現象だ。道化師から大統領に飛躍するのだ。

独週刊誌シュピーゲル(6月29日号)のキュルビュヴェト記者は「道化役者と神父」というタイトルの中で「コメディアンは政界で成功してきた。同時に、多くの政治家はコメディアンのように振舞ってきている」と指摘し、そのカテゴリーに入る政治家として、トランプ米大統領、次期英首相候補のボリス・ジョンソン氏、イタリアの元首相で欧州議会議員に政治カムバックしたシルヴィオ・ベルルスコーニ氏の名前を挙げている。

ユダヤ民族の歴史ではサウル、ダビデ、ソロモンといった国王が統治した時代があった。国王は預言者を通じて、神から油を注がれて指導者の座に就いた。例えば、預言者サムエルはサウルに油を注ぎ、王に就任させた。

民主主義の世界では、預言者から油を注がれて指導者に就任する国はない。「油を注がれる」代わりに、選挙の洗礼を受けて大統領や議員に選出されるからだ。そして選挙がある限り、道化師が登場し、大統領に選出されるチャンスすら生まれてくるのだ。いい悪いは別として、道化師にとって政治の世界は新たな活躍の舞台となってきたのだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年7月23日の記事に一部加筆。