「死」が死語になる時代の生き方 「Die革命」書評

一昨年から昨年にかけては、リンダ・グラットン『ライフ・シフト』により、2007年に先進国で生まれた子どもの半数は100歳に達することが示され、「人生100年時代」がリアリティと衝撃を持って受け止められた。また、『サピエンス全史』を執筆したユバク・ノア・ハラリは、続く著書である『ホモ・デウス』にて、テクノロジーが人類にもたらす根本的な変容について論じた。

きなこもちさんによる写真ACからの写真

きなこもち/写真AC(編集部)

近年、このように、医療やテクノロジーの進歩により、これまでの「常識」では考えられなかった変化がわれわれの社会に起きつつある。不死もそのひとつであり、これまではSF小説によって主に扱われる題材だったかも知れないが、現実に近づきつつあり、わたしたちの人生にいやおうなく「パラダイムシフト」をもたらそうとしている。

こういった論点を、日本人医師の視点からよりわかりやすく記した書籍がある。今年の2月に出版された、奧真也著『Die 革命 〜医療完成時代の生き方〜』だ。

著者である奧氏は、東京大学を卒業した核医学を専門とする放射線科医。大学卒業後放射線科医として勤務し、フランス留学後、医療情報分野の造詣を深め、MBA取得、コンサルティング会社も設立した。福島県の工学系大学に勤務していたときに東日本大震災を経験し、その後東京電力の産業医、製薬会社勤務を経験するなど、多彩なキャリアを積んだ。今を生きる多くの人々よりも一足先に「人生多毛作」を経験した先達だといえる。

わたしも同じ放射線科医だが、医師としては、著者はキャリア、経験ともに大先輩である。放射線科医は、様々な診療科の多種多様な患者さんを横断的に画像診断するのが日常だが、それを通じて医療を網羅的に俯瞰して考えるようになるのかもしれないと、わたしは思う。

医療や人生の未来像

ネットをはじめとする世間では、「人生100年時代」の言葉に、ネガティブな意味合いを見いだす人も多いが、著者は、序章で、それは「間違っています。あなたは人生のあらゆる段階で輝きながら活躍し続けることができます」と断言する。

では、本書にはどんな未来像が描かれているのか。これから医療や人生に起こる進歩や変化が書かれているが、そのいくつかを見出しで紹介しよう。いずれも、刺激的な見出しである(わかりやすくするため、一部、見出しを合体させている)。残りは、本書を一読いただくと、さまざまな先端知識や気づきを得ることができるだろう。

【がん死亡率はやがてゼロになる】

【病気の9割はなおらない】

【もうすぐ「死」は死語になる】

【AI診断が人間を凌駕する、ほとんどの医師がいなくなる世界】

【「患者力」の大切さ】

【臓器は殆ど交換できるようになる?】

【「予防」の大切さ、21世紀はウェアラブルの時代】

「がん死亡率はゼロになる」と、「病気の9割はなおらない」は一見矛盾するようだが、がんで転移があっても、ゲノム医療や免疫療法などの治療の進歩により、死が訪れなくなり、「なおる」という状態ではないものの、あまり負担のない治療を続けながら、「普通の生活」を送る状態になるだろうということである。

そして、治療しながらも、何十年の余命が残されている。もちろん仕事もバリバリでき、人生の目的を達成していくことができる。あるいは、たとえば糖尿病などの慢性的な病気があっても、生活に差し支えない程度に治療されれば、長生きすることができる。

将来においてはAI(人工知能)が医師の診断能力を凌駕し、かかりつけ医はAI医師になる(AIのほうが、医師の能力にばらつきがなく、患者へのメリットは大きい)。臓器は交換できるようになり、ウェアラブル端末で日々健康状態をチェックされ、「死」は、われわれの人生からますます遠ざかっていく。

「健康」が目的になってはいけない

「不死時代」において、生き生きと活躍し自己実現を果たしていくために何が必要なのか。本書は、現実的なアドバイスをいくつかしている。

目的もなくただ生きている状態(これを奧氏は「リビングデッド」と定義している)になるのは、極力避けなければならない。そのために、まずは、健康を保つ努力をすること、具体的には生活習慣病など病気の予防に力を入れる、口腔内の環境をきれいに保つ、適正な体重を保つ(ちょっと太っているくらいが健康面ではちょうどいい)、ほどほどに運動をする、などが必要だ。

しかし、その上で、本書は、「健康」というものはあくまで手段であり、健康を維持することが目的の健康オタクのようになっては本末転倒であると指摘する。医療は、「長生きの手伝い」はしてくれるけれど、人生を充実させるための「幸せの面倒」までは見てくれず、「何のために生きるのか」を考えるのは自分自身だ。

本書では、持続的な人生の充足感・生きがいの形成が必要だと語られている。そのためには、人との関わりや社会への帰属感が極めて重要で、孤立を避け、利他的に行動することが有用だ、と結論づけている。

人は「死」のタイミングを選べるようになるのか

「安楽死」はこれまでわが国ではタブー視されてあまり語られてこなかったかもしれない。しかし著者は、「安楽死」は不死時代の到来と切り離すことができないであろうと書いている。欧米では、安楽死を認める国や州が少しずつ出てきているのだという。その上で、「積極的に死ぬ」という選択肢は、果たして人間に与えられるのか。

それについて、著者は、「いまの段階でまだ予測をつけきれない」と書く。ただ与えられる状態としての死から、選択する対象としての死へ。その価値観の変容に、われわれは果たしてついていくことができるだろうか?

ここまで書いてきたように、医療や科学の発達により、多くの恩恵や生活の変化がもたらされるが、もっとも大事なことは「いかに生きるか」ということだ。価値観の変容や、アイデンティティ自体を築き直すことに、われわれは近い将来迫られるだろうが、それについて悲観的になる必要はない。本書は、人との関わりを中心とした不死時代の幸せについて改めて考えようと、前向きなヒントをくれる一冊だ。

松村 むつみ
放射線科医・医療ジャーナリスト
プロフィール