かんぽ生命不適切契約問題:単純な企業統治の問題ではない

山口 利昭

7月31日のNHKクローズアップ現代+「検証1年 郵便局・保険の不適切販売」を視聴しました。私はあまり経緯を知らなかったのですが、NHKは2018年4月にこの問題を特集番組として放送しており、昨年12月にも300件ほどの内部者情報をもとに続編番組を放映していたのですね。NHKが特集番組を放映するとなれば、通常の民間企業であれば、たとえ取締役会に情報が上がってこなくても「こりゃたいへんだぞ。うちでもきちんと調べないと」ということで社内調査委員会が設置され、さらには第三者委員会が設置されるはずです。

かんぽ生命HPから:編集部

しかし、どうしてそうならなかったのでしょうか。番組をみておりますと、日本郵政、日本郵便(郵便局会社)そしてかんぽ生命の「もちつもたれつ」の関係がかなり大きいことが(番組に匿名で出演していた元かんぽ生命幹部の方の証言で)理解できました。自社固有の不正であれば自浄能力を発揮することができても、その過程で他社も巻き込むとなると不正公表に消極的になってしまうケースはよくあります。

(以下は、私の個人的な見解としてお読みください)

ところで、マスコミでは「日本郵政グループとしてのガバナンスの問題」が大きいとされていますが、ではどんな問題かというと、そんなに(トップが辞めて済むような)単純な問題ではないと思います。要はグループ本社という会社とは別に、ローカル実働会社という会社が別にあって、グループ本社の指示系統とは別の指示系統がある、という意味でのガバナンスの機能不全です。

顧客と向き合う現場社員の方々は、グループ本社のトップが何を言っても関心は薄いのであり、ローカル実働会社のトップもしくはもっと小さな(普段顔を突き合わせている)20名から30名の小集団のトップが何を言うのか、ということに大きな関心が向きます。ひとつの会社のなかに事実上はふたつの会社が存在するわけですから経営トップに現場の不都合な情報が届かないのは至極当然のことであり、このあたりは日本郵政グループのトップの方々は百も承知だと推測します。

したがって、このたび日本郵政グループは「ノルマを廃止する」と宣言しましたが、それで不正の温床がなくなるわけではありません。いくらグループ本社のノルマがなくなってもローカル実働会社の事実上のノルマは残るわけです。誰だってお金だけがインセンティブで働いているわけではなく、人に喜んでもらって働き甲斐を感じるはずです。日本企業の「小集団」の集団意識が強いところでは、どうしても承認欲求が「上司に喜んでもらう」「同僚に迷惑をかけない」「部下をサポートする」というところに向きます。

会社がどうなろうと「小集団の安定」こそ第一ですから、不正をやっても「みんなで隠す」ことに躊躇しません。もちろん「お客様のために働く」という意識はあります。しかし「お客様のために」という言葉は会社の利益と顧客の利益を秤にかけているときに出てくる「会社ファースト」を示す言葉です。「お客様の視点で」「お客様の立場にたって」という言葉が出てこなければ「お客様に喜んでもらう」仕事にはつながりません。これは私の過去の失敗経験から学んだことです。そこに疑問を抱いた社員が内部情報の外部提供に動いたのではないかと。

グループ会社どうしの「もちつもたれつ」の関係、そして「全国津々浦々まで存在する実働部隊の『小集団』による営業活動」という、日本郵政グループ固有の事情を背景に、今後どのように社会的弱者への被害拡大を防ぐことができるのか…、まずは指揮を誰がとるのか(指揮がとれなければ監督官庁が登場することになります)、という視点からみていきたいと思います。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年8月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。