米中貿易戦争たけなわなの中、両国の争いが水面下で展開されているのがパナマ運河の覇権争いである。1914年に当時の米国の資金力と土木技術によって完成させたパナマ運河は1999年に統治権が米国からパナマに移された。2016年にはスペインのゼネコンサシール社が中心となってこれから先100年耐える拡張工事を完成させた。
パナマが中国と政治的に接近を開始する起点となったのは2017年6月にパナマが突如台湾と断交して中国と国交を樹立させた時点からである。それを決めたのはファン・カルロス・バレラ前大統領だった。パナマ運河の利用率で2番目に位置している中国と国交がないのは理に適っていないというのが国交を樹立させた一番の理由であった。
余談になるが、バレラの前任者リカルド・マルティネリ元大統領の政権が仮に継続していれば中国と国交樹立は今よりももっと先であったであろう。というのも、彼は米国CIAの陰の協力者だったからである。
一旦両国の国交が樹立されると、中国はパナマに積極的に投資を開始した。中国はパナマをハブ港にする計画があり現地の港の開発、貿易自由区の発達、橋の建設や高速列車の鉄道建設などに投資をしている。
なお、中国のパナマへのこれまでの投資額は25億ドル(2750億円)で、これから予定されている投資額は40億ドル(4400億円)。人口400万人のパナマはGDPは700億ドル(7兆7000億円)規模の国で、これまでの投資額とこれから予定されている投資額を合わせた65億ドルというGDP比10%に相当する。この規模の投資は同国の産業発展に非常に重要な意味をもっている。
2018年12月に習主席がパナマを訪問した際には中国からファーウェイ、中国鉄建など数十社の代表が同行して30項目に亘る合意書に署名して前述した40億ドルの投資が約束されたのであった。
更に、中国はパナマ運河を通過できる船の更なる大型化を見越して船の喫水をさらに深められるように運河の水深を更に深くするようにパナマ政府に要請しているが、この案件は中国からの要望の段階で止まっている。
(参照:elpais.com、publico.es)
一方の米国はと言えば、同国の輸出入の10%がパナマ運河を利用しているということであるが、最近の米国からの投資として再生エネルギー分野などで3億ドル(330億円)の投資が予定されている。パナマ運河を完成させたのは米国で、パナマのこれまでの成長は米国からの恩恵を多分に受けて来た。何しろ、パナマ運河から17億ドル(1870億円)の歳入が毎年パナマ政府にもたらされているのである。
しかし、最近のパナマの産業発展のインフラを支えているのは米国から中国に移行しているのが実情だ。港の開発、道路と鉄道網の建設などは中国からの資本が投入されている。中国はパナマからコロンビア、ブラジル、コスタリカなどと繋ぐルートを築いているわけである。
米国にとって中米は「裏庭」であるのに、これまで中米の産業発展を図る対策が不足していた。トランプ大統領になってから尚更その傾向が強い。ポンペオ国務長官が昨年10月にパナマを訪問した際にもバレラ(当時)大統領に中国の投資は透明性に欠け、パナマの為ではなく中国の為に投資をしていると言って警戒感を強めるように要請したという。
しかし、そのような忠告は現在のパナマには通用しない。寧ろ、米国は中国に嫉妬を感じていると受け取られるのが関の山である。しかも、トランプ大統領はパナマ政府に対しイランの船59隻がパナマ旗で運行していることを批難してそれを許可しないように同政府に要求したという。(参照:elpais.com)
6月に実施された次期大統領選挙で勝利し7月1日に大統領に就任したラウレンティノ・コルティソは「米国の裏庭に位置している諸国への配慮が足らない」と述べて米国に忠言している。勿論、彼も米国と中国の貿易戦争がパナマ運河の利用率に影響することは知っており、双方の貿易摩擦の早期の解決を望んでいることを表明している。しかし、中国との関係はこれまで築いた関係を継続するとしている。(参照:publico.es、tvn-2.com)
今後、米国がパナマとの関係に同国の経済発展につながる取り組みを積極的にしない限り、パナマはこれから中国との関係をより重視して行くのは明白である。
白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家