各メディアが報じるように、リクナビ運営会社の個人データ販売が当初の「休止」から「廃止」に追い込まれたそうです。しかし、そもそも販売を企画する時点で「これって個人情報保護法とか職業安定法上の問題はないの?」と経営陣が気が付かなかったのでしょうか?(うーん、ナゾです)
8月2日の日経ニュースによると、運営会社は「個人のプライバシー保護を最優先に設計したが、社会の認識が大きく変化した」と述べておられますね。つまり運営会社の経営陣は(企画段階では)灰色ではなくシロと判断されていたのかもしれません。
しかし、8月3日の朝日新聞ニュースでは、個人情報保護委員会事務局の方が「今回は灰色」と述べておられるので「社会の常識が変わった」かどうかが問題というよりも、法令の解釈として「灰色」とみるべきかと。ここにきて8000人分については「個人の同意を得ずにデータを売った」ことが明らかになっていますので、「灰色」は限りなく「クロ」に近いイメージとなり、廃止を決めたと思われます。
ちなみに運営会社との間でデータのやりとりをしていたサービス利用会社についても、これって灰色?クロ?」といった疑問の声は上がらなかったのかどうか。こちらも関心があります。
いっぽうかんぽ生命の事例も、8月5日の西日本新聞の報じるところでは、昨年6月の幹部会議で大量の不正情報が共有されていたそうです。西日本新聞が入手した内部資料で私が関心を持ったのは、報告された事故件数は、いずれも顧客からの苦情や客観的な契約事故の発生によって判明したものであり、かんぽ生命が自らの調査で判明した数字ではない、という点です。
1年9カ月の間に1000件以上の「苦情に基づく全額返還事例」が生じているのに、なぜ社内調査で全容を明らかにしようとしなかったのか(一部、サンプル調査については今年1月に行われたようですが)。たしかにこれも(経営陣も重大な不正を認識していたことに関する)「灰色」を放置したことで限りなく「クロ」に近い印象を受けています。
かんぽ生命の件ですが、NHKの特集番組が組まれたことや、幹部会議で大量の事故件数が報告された時点で同社にはイエローカードが出ていたと思います。もしここで徹底した社内調査を行っていたとすれば、たとえ調査結果に全容が明らかにならなくても「当時は重大な不正とは認識していなかった」という証言が「認識の違い」として受け止められ「灰色」をシロ(経営陣に重大性への認識がなかったという意味でのシロ)に近づけることができたのではないでしょうか。
ビジネスの上で「グレーゾーン」に突っ込んでビジネスを展開しなければならないケースもあると思いますが、その場合には、不正リスクが顕在化することを想定したシナリオが求められます。かんぽ生命としては、そのような不正リスクの顕在化を全く想定していなかったのかもしれません。
リクナビの運営会社も、本件データ販売を「灰色」と認識しながらビジネスに走っていたとすれば、当然用心深くなりますし、そもそも「プライバシーに細心の注意を払っていた」とすれば「8000件も形式的な同意すらとっていなかった」などといった明らかな違法行為には及んでいないと思います。
経営陣に法務機能が備わっていなかったのか、それとも経営陣と法務部門との距離が遠かったのか、いずれかわかりませんが、ともかく「灰色」であることの認識がなかったことの理由について、まったく理解できないところです。もし本件について調査委員会が立ち上がるのであれば、このあたりのコンプライアンス対応がどのようなものであったのか、ぜひとも解説いただきたいところです。
灰色をシロにする(灰色のままではゴーサインを出さない)のがコンプライアンス、というのではビジネスが前に進まないため、ますます経営陣と法務部門との距離が遠くなってしまう。もし、そういったことであるならば、灰色を灰色と認めて、そのままゴーサインを出して、その代わりに最悪の事態だけは回避する手法を考える、というのも不正リスク管理の現実的な知恵ではないでしょうか。
ただし、どんな手法を使うにせよ「顧客の立場で」「顧客目線で」考えなければ、「単に会社の儲けとコンプライアンスを秤にかけた」と思われてしまうことに注意が必要です。
山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年8月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。