小泉進次郎氏が官邸で結婚発表したことを巡って、ネット上では「公私混同」だという批判的な意見が目立ち始めている。アゴラでも昨日(8月10日)掲載した中村仁さんの「官邸で結婚発表した進次郎氏に失望」がその日のランキング1位に。また日経ビジネスオンラインでも、9日に掲載した小田嶋隆氏の「結婚発表会に思う「飼い犬」としての資質」が10日夜の時点でもランキング1位だった。
甘すぎた筆者の官邸結婚会見の裏読み
小田嶋氏のコラムのメインの標的は、小泉氏ではなく、官邸での結婚発表を無批判に取材、対応した官邸詰めの政治部記者たちに対するものだが、小泉氏が当日に菅官房長官にアポを取って面談の時間を取ったという話そのものを疑っている。筆者は小田嶋氏とはツイッター上でことごとく対立し、心から嫌悪している人物ではあるが、今回ばかりは反権力左派らしく、鋭い批判的な考察だと思う。
当日にアポを取ったという「ストーリー」については、筆者は前回の拙稿でも述べたように半信半疑ではあったものの、気を許しかけたのも事実だ。正直甘かったと反省した。小田嶋氏のコラムを読んで感じたということもあるが、最初に「しまった」と思ったのは、読売新聞が結婚発表翌日となる8日夜に電子版で配信したこの記事を読んだ時だった。
菅氏「進次郎氏は入閣していい」、ポスト安倍の有資格とも : 読売新聞オンライン
この記事により、菅官房長官と小泉氏が10日発売の「文藝春秋」で対談することが判明した(さわりだけ文春オンラインに掲載)。メディアで公然と対談するのは初めてのことだ。そして、読売も書いているように、菅氏は、対談司会の田崎史郎氏(読売記事では匿名)に「小泉氏はもう閣僚になっていいか」と問われると、「私はいいと思う」と述べている。
官邸は知っていた?文春発売までの出来過ぎな流れ
結婚発表で初入閣への期待が高まりそうなところで、安倍政権の司令塔が閣僚候補として事実上「公認」する。これにより、小泉氏初入閣のお膳立ては完成したといっていい。前回の記事を書いた時点では、これからじわじわと盛り上がっていくと予想していたが、何の事は無い。
昨年の総裁選で石破氏に票を入れたのをはじめ、官邸と微妙な距離感のあった小泉氏が、ここにきて急接近。結婚発表は官邸で電撃的に敢行。そして、間髪を入れず、伝統と権威のある月刊誌で誌上対談し、その中で初入閣への機運を決定づける。月刊誌の注目効果を高めるため、読売新聞で掲載情報が早々と報道される…。
2人の対談収録は参院選直後とみられる。結婚のことには触れられていないが、月刊誌の入稿スケジュールが発売の半月前程度が多いことを考えると、筆者は十中八九、安倍首相、菅氏は小泉氏の結婚準備も把握していた中で、矢継ぎ早に情報をクリエイトしているようにしか思えない。実際、結婚発表直後の報道によると、1週間ほど前から進次郎氏が40代女性と結婚するという噂が永田町で流れて記者たちは裏どりに動いていたという。記者たちに情報が漏れていたくらいだから、官邸が知らないはずはない。むしろ噂を流している側かもしれない(笑)。
残念ながら、そのあたりの直接的な根拠こそないが、いずれにせよ、発表から雑誌発売までのムードの作り方、短期間でのネタの連続投入。どう考えても「やりすぎ」「出来過ぎ」だとツッコミたくなる。この仮説が当たる、当たらないは別に、もし勝谷誠彦さんがご存命なら「新田くん、まだまだウブだね」と言われたであろうことだけは確信する(苦笑)。
憲法改正へ「エンジン」になりつつある小泉氏
では、仮説が当たっていたとして、官邸はそこまで手の込んだことをして何をやろうとしているのか。進行中の政局の水面下の思惑はすぐには明らかにならないが、官邸ともっとも近いジャーナリストの一人とされる田崎氏が司会をやっている時点で、対談を通じて何を打ち出したいか、トピックは明確になる。「文藝春秋」の対談を読んでみて感じたのは、憲法改正にソフトな姿勢を強調していることだ。
田崎氏が「今後の政策課題についてお伺いします。まずは憲法改正です」と水を向けると、2人は当然憲法改正に向けた持論を述べるわけだが、筆者が注目したのは、以下の発言だ。まず菅氏が
菅(略)…野党を巻き込んで、憲法審査会で議論することから始めないとダメだと思っています
と述べると、小泉氏は「現実に憲法改正を進めるには大事な点が二つあります」と述べた上で、
小泉 一つ目は社会を分断しないというアプローチ。例えば、国民投票の時に改憲派と護憲派が街宣車に乗って互いが互いを攻撃するような光景を生んではいけない。(中略)二つ目は…(略)野党も含めて「どんな案だったら賛成できますか」と虚心坦懐に聞いてみること。最終的にはこの令和の時代に、憲法改正が神聖化され過ぎない環境を作るべきです。
などと持論を述べている。太字で強調したように、憲法改正に向けてとにかく対話の機運を醸成することに注力している。このあたりは2年前の憲法記念日に、安倍首相が「2020年の憲法改正が目標」をぶち上げたあと、モリカケ問題が勃発。護憲勢力の野党や左派メディアとの不毛な政争にかなりのリソースを割かざるを得なかった苦い教訓が脳裏にあるのだろう。
ただ、それ以上に感じたのは、官邸が憲法改正の仕切り直しに向けて、小泉氏をエンジンにしたいという思惑の存在だ。
小泉氏はその大衆的人気や洗練されたイメージだけではなく、側近議員が宏池会(岸田派)所属であることを見ても、割とリベラルな印象がある。社会の分断を憂慮するメッセージは、宏池会の若手議員たちがしばしば発しており、その点でも通じるものがある。
いずれにせよ、今回の誌上対談、当面のシナリオが提示されたようなもので、永田町関係者は必読ものだろう。対談に垣間見るのは、小泉氏のアサインに成功した安倍官邸が自民党総裁任期満了となる2021年9月までの「長期シナリオ」が確かに存在することだ。
そして、参院選の最中から様々な布石を打ち始め、巧みなメディア戦術の手腕を見せられているようで、与野党の力の格差、視野の広さの違いが良くも悪くも、もはや手のつけられないレベルになっていることをあらためて痛感する「夏の小泉劇場」だった。
新田 哲史 アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」