人はなぜ「預言者」を迫害するのか

長谷川 良

米国のテレビ番組「Dr.House」で医者のハウス(ヒュー・ローリー)が言った台詞が忘れられない。
「『自分は毎日、神に話しかけている』といえば、彼は敬虔な信者だと思われるが、『神が自分にこのように語った』と喋り出すと、『彼はとうとう狂人となった』とため息交じりに呟く」とユーモアたっぷりに語る場面がある。

▲旧約聖書の中の4大預言者の一人イザヤ(「火で唇を神聖にするイザヤ」ベンジャミン・ウエスト画1782年、ウィキぺディアから)

▲旧約聖書の中の4大預言者の一人イザヤ(「火で唇を神聖にするイザヤ」ベンジャミン・ウエスト画1782年、ウィキぺディアから)

同じことが、過去の預言者と呼ばれる人物の生涯にも当てはまるかもしれない。「私はこのように考える」といえば、なるほどと感心されるか、間違っていると指摘されるだけだが、「神が自分にこのように語った」といえば、その途端に「彼はおかしくなった」と受け取られてしまうのだ。

旧約聖書に登場する多くの預言者は人々から狂人と受け取られ、悪魔に取りつかれたと恐れられ、迫害され、殺害されていった。イエスは「預言者は自分の郷里では歓迎されない」(「ルカによる福音書」第4章24節)と指摘している。

実例を挙げて説明する。“貧者の聖人”と呼ばれたマザー・テレサは生前、親族関係者に送った書簡の中で、「私は神を求めるが見いだせず、イエスの声が聞きたいと思っても聞けない」と自身の信仰の空虚さを吐露している。この書簡内容を読んで、「テレサは狂人だ」と思う人はいないだろう。彼女は生涯を貧しい人々の救済のために献身的な歩みをした人物だ。テレサの「神の声、イエスの声が聞けない」という告白は信仰者テレサの苦悩だが、その姿を見て大多数の人はテレサが敬虔なキリスト信者だと再認識するだけだ。

しかし、もしテレサが、「神は私に、国連総会に出席して世界に向かって『貧者のために献金をしなさい。豊かな者はその財産をすべて差し出しなさいと語りなさい』と仰った」と言えば、まずビックリするだろう。テレサの言動が激化し、「全ての財産を放棄すべきだ」と言い出したならば、それを聞いた人々は次第にテレサから離れていき、「彼女はおかしくなった」というだろう。

「神はかく語りたもう」と路上で語るキリスト教伝道師を見たことがある。真剣にそのメッセージに耳を傾ける人もいるが、多くの人々は狂人とまでは思わなくても、おかしな人だと考えながら通過していく。神が直接語り出した瞬間、人々はそのメッセージを伝達する人を狂人扱いにするわけだ。

スーパー・コンピューターが駆使され、統計学が発展する現代、人は予め何が起きるかをある程度想定できる時代に入ってきた。それに呼応して各分野で自称、予言者が増えてきた。地震予知だけではなく、選挙の見通しから、がん患者の余命まで予測できるようになってきた。医者が患者に「あなたの余命はあと何か月間です」と告げることができる時代に入った。現代の予言者はビッグ・データを解析し、統計学に造詣が深いから、その予言は実証的であり、的中率も高い。

前回の米大統領選でトランプ氏の当選を予想した政治学者やメディア関係者は少なかったが、予想した人も出てきた。その予言は膨大な情報を駆使し、ビッグデータを分析、ごみデータを捨てた結果だった。サイコロを振ったり、カードで占った結果ではない。

一方、預言者はスーパー・コンピューターや統計学の恩恵とは余り関係なく、その声は小さく、何か心細く聞こえる。予言者はその予言が的中すれば社会的、経済的恩恵を得るが、預言者は報酬を受けることがないばかりか、時として「世の中を惑わす似非預言者」と中傷され、誹謗される。なぜならば、預言者が語る内容は実証的ではなく、飛躍し、時には反社会的に響くからだ。最悪の場合、預言者は刑務所に監禁される。

21世紀になって予言者は増え、その的中率は年々、向上していったが、預言者は社会の影に隠れ、表に出る機会は益々少なくなる。彼らの預言はマイクがないと遠くまで届かないので、多くの人はその言葉を聞き取れない。

予言者は可能な限り多くの情報を駆使し、状況分析するが、預言者は本人もそれが正しいのか、間違っているのか分からない情報を繰り返す。その出典も限られている。だから、預言の説明を求められた場合、預言者は納得できる説明ができない。唯一、「神がそれを語れと命じたから」というのが精一杯だろう。これで納得する人は21世紀には少ない。

それでは、何故預言者は社会で迫害されるのだろうか、米長寿TV番組「スーパーナチュラル」を観ている読者には良く分かるだろう。番組の中で預言者、「神の言葉の番人」ケビンが出てくるが、その運命は過酷だ。彼は神の言が記述された石板の文字を解読して、主人公のサムとディーン兄弟に伝えようとするが、悪魔がそれを阻止する。悪魔は誰が預言者であるかを最も早く知っているからだ。

グーグルで「神」をサーチすると、英語で16億件以上、独語で1億3700万件以上の結果が出てくるという。インターネットの世界で「神」を探すのは大変だ。同じように、神が遣わした「預言者」を探し出すのも容易ではないわけだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月12日の記事に一部加筆。