6月末にG20大阪サミットが開催されていた最中にベルギーのブリュッセルで一つのドラマが起きていた。欧州連合(EU)と南米4カ国による南部南米共同市場メルコスル(Mercosur)の間で自由貿易協定(FTA)合意の為の最後の詰めの交渉が進められていたのだった。
ÚLTIMA HORA | La UE y Mercosur logran un acuerdo comercial tras 20 años de negociaciones https://t.co/FZx62232Js
— EL PAÍS (@el_pais) June 28, 2019
メルコスルはアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイの4カ国によって1991年に創設された共同市場である。この共同市場の前政権時にアルゼンチンとブラジルの対立が目立つようになっていた。特に、ブラジルがジルマ・ルセフそしてアルゼンチンがクリスチーナ・フェルナンデスの両者の政権中に利害の対立が深まっていた。
しかも、この4カ国による共同市場は規制が色々とあって発展性に疑問をもつようになっていたルセフは太平洋に面した諸国との貿易の伸展に関心を移すようになっていた。メルコスルを脱退してでもメキシコ、コロンビア、ペルー、チリが構成している自由貿易を推進する太平洋同盟への加盟に関心をもつようになっていた。
ブラジルにボルソナロ政権が誕生すると、太平洋同盟への加盟により一層関心を示すようになっていた。仮に、ブラジルがメルコスルから脱退するようなことになれば、この共同市場の消滅は明らかだとされていた。そのような背景があった中で、メルコスルの議長国のアルゼンチンのマクリ大統領にとっては、メルコスルを発展させる唯一の道はEUとの貿易協定を早く結ぶことであった。米国のトランプ政権も保護主義を強めており、米国市場との貿易の発展は望めない。
一方のEUは反EU色を強めているトランプ政権の米国との伸展は望めないが、メルコスルと合意を結ぶ前に日本との自由貿易協定の締結を優先させた。それはこれからの伸展はアジアにあると見ているからであった。
このような背景があって、また日本との貿易協定も結び終わった現在、2000年から交渉が開始されていたEUとメルコスルとの間で合意をする順番が遂に回ってきたのである。
6月28日のブリュッセルでの時間午後7時、その時大阪は29日の午前2時、アルゼンチンのファウリエ外相はマクリの携帯に電話を入れた。「大統領、お祝い申し上げます。これは歴史的であります。EUとの合意に署名しました」と、感動のあまり涙ながらにそれを伝えたという。マクリも感動し、外相そして交渉に参加した代表団全員に祝福を送ったそうだ。メルコスルの前にEUの5億人の市場が新たに開けたのである。それをマクリ大統領の政権が遂に達成させたという感動であった。(参照:infobae.com)
また、それは今年10月に予定されている大統領選挙を前に再選を目指すマクリにとって、今回の合意はプラスになる要素だと見た。ところが、副大統領候補として同じく選挙に臨むクリスチーナ・フェルナンデス前大統領は、彼女が再選されればこの合意はアルゼンチン経済にとって有益なものにはならないとして早速破棄することを表明した。
フェルナンデス前大統領が指摘しているように、EUとの自由貿易協定はEU市場への輸出の機会が増えるという以上に逆に輸入が増え、しかもアルゼンチンにとって最大の輸出市場であるブラジルでEUからの輸入された商品と熾烈な競争を展開せねばならなくなる可能性があるとアルゼンチン経済電子紙『iprofesional』(6月29日付)が指摘した。フェルナンデス前大統領と大統領選挙でペアーを組むアルベルト・フェルナンデス大統領候補も、「それはアルゼンチンの産業と雇用に弊害をもたらすことになる」と述べてこの合意に反対を表明している。(参照:iprofesional.com)
同電子紙はアルゼンチンが単に第一次産品の供給国になってしまう危険性を指摘している。そして関税の撤廃や大幅な削減によって産業部門で18万6000人の雇用を失う恐れがあることにも触れている。
特に、EU製品との競争で最大の影響を受けるのは、金属加工業で自動車メーカーとその部品メーカーであるとしている。自動車部品の関税の撤廃を決めたことに対し、自動車部品生産連盟(AFAC)から厳しい批判が出ている。「メルコスルの農牧畜産品をEUに輸出し易くする為に、その代わりに自動車部品の関税を撤廃したということで、その代償を我々は払わされた」とAFACの代表が不満を表明した。同様に中期的に化学産業、特に研究開発を必要とする部門も影響を強く受けると指摘されている。
雇用・生産・貿易観察協会(ODEP)の推定によると、自動車部品部門で3万2500人の雇用が危険にさらされることになり、自動車生産部門でも9500人の雇用削減の可能性があるという。
さらに問題になると見られているのが、ヨーロッパからのオイルの輸入関税31.5%が撤廃されることである。現在、輸入関税を払ったヨーロッパのオイルがアルゼンチンの国内産オイルと多くの場合同等の価格で販売されている。それが関税撤廃となると、この業界で生計を立てているアルゼンチンの4万世帯が危険にさらされることになるという。
また隣国のブラジルの専門家グスタボ・セグレーによれば、アルゼンチンの中小企業で雇用規準、ファイナンス、税金負担といった面の構造改革を実施しない場合、かなりの弊害を被ることになるという。同様の意味で、シンクタンクのRed Observarは、「EUの巨大企業がアルゼンチンとブラジルに無関税で進出してくるのだ。メルコスルの産業構造を弱体化させるのは必至で、企業を解体させるようになる場合もある」と述べている。
(参照:iprofesional.com)
一方のEU側で今回の合意の推進役を務めたのはドイツとスペインである。しかし、EUにおいても合意に不満がある。特に、メルコスルからの農牧畜産品の輸入に強い懸念を表明しているフランス、アイルランド、ベルギー、ポーランドである。この合意に反対して340の組織団体、70数名の欧州議会議員、主要農業組合などが欧州委員会にこの合意にブレーキを掛けるよう早速要求した。
勿論この合意に賛成を表明している国もある。ドイツとスペインを始め、オランダ、ポルトガル、スウェーデン、チャコ、リトアニアである。
フランスのマクロン大統領は、これからメルケル首相の後EUのリーダーとして君臨したいという野望を持っていることもあって、時代の趨勢からこの合意への反対はできない。そこで、合意に賛成する条件として気候変動を防ぐためのパリ協定からボルソナロ大統領のブラジルが脱退しないという約束を取り付けることを条件とした。ということで、ボルソナロがトランプの後を追ってパリ協定から離脱する懸念は当面消滅した。(参照:elpais.com)
メルコスルではこれまで自動車の輸入に35%の関税を適用していた。それが全廃となるのは最大のチャンスだとEUの自動車業界は見ている。それ以外に90%のEUからの商品の輸入関税が10年以内に60%の商品、最高15年以内には全廃される。
またEUの委員会のメンバーが今年刷新される。今回の合意についてEU議会での批准が必要だ。アルゼンチンも12月に新しい大統領が誕生する。マクリが再選されれば問題はないが、アルベルト・フェルナンデスが大統領、クリスチーナ・フェルナンデスが副大統領に就任するようになれば議会での批准に問題が出て来るであろう。
白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家