危険な反原発・脱原発の流れ
2011年の福島原発事故を契機として、日本では首相経験者を含め、左翼系市民団体や、日本共産党など一部野党による根強い反原発・脱原発運動が行われている。
そのため、原子力規制委員会による原発再稼働審査が必要以上に厳格化長期化され、その結果、現在稼働中の原発はわずかに6基であり、定期検査中の3基を加えても9基に過ぎない。このような状況が続けば、原発の耐用年数を考えると、今後新規増設が困難だとすれば、遠くない将来、原発は確実にゼロになる。
しかし、石油、天然ガス、石炭などのエネルギー資源に極めて乏しい日本は、その大部分を中東諸国などからの輸入に依存せざるを得ず、その膨大なコストと電力の安定供給、地球温暖化対策等の見地から、原発ゼロは日本の国益を著しく損なうものである。のみならず、原発ゼロは、日本の安全保障上も極めて危険である。
原発ゼロは日本の高度な「潜在的核保有能力」を喪失させる
周知のとおり、日本は原子力の平和利用すなわち原発の稼働を通じて、核兵器の材料となるプルトニウムの活用を国際的に認められ、世界最高水準の原子力技術を獲得し保持してきた。したがって、原発の稼働による高度な原子力技術の獲得は、日本の高度な「潜在的核保有能力」を裏打ちするものとして、日本の安全保障上極めて重要であり、潜在的核抑止力として機能しているのである。
古くは、1969年9月25日の外務省外交政策企画委員会でも、「日本は当面核兵器を保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的技術的能力は常に保持すべきである。」と提言されている。これは日本の潜在的核抑止力を重視したものと言えよう。また、憲法上も核兵器の保有を自衛の限度内であれば合憲とするのが、1957年5月7日岸信介首相による国会答弁以来の一貫した政府見解である。
しかるに、反原発・脱原発の流れにより、遠くない将来、原発がゼロになれば、上記の世界最高水準の日本の原子力技術が衰退し、それに伴って高度な「潜在的核保有能力」を喪失し、潜在的核抑止力が機能しなくなり、日本の安全保障上極めて危険な事態となる。
中国も恐れる日本の高度な「潜在的核保有能力」
中国メディアの「環球網」は、2015年8月8日「日本は核実験なしで、核兵器を造る技術力があり、短期間で中国以上の核兵器大国になる能力がある。日本の核兵器についての動向に強い関心を持ち、警戒を緩めてはならない」とする論説を掲載した。
署名論文を寄せた中国城市安全研究所副所長の楊承軍教授はその理由として、
「日本は世界最大のヘリカル型核融合実験装置があるなど、核融合技術で世界一流であり、核爆発実験をしなくても高性能のスーパーコンピューターによるシュミレーションで核兵器を造る能力がある。さらに、日本にはミサイル搭載用の核弾頭を開発する能力があり、極めて短期間のうちに世界第3位の核兵器保有国になれる。日本が核兵器を保有した場合は、西太平洋地域における中国の安全に対する重大な脅威となる」
と述べている。
原発ゼロは、この高度な日本の「潜在的核保有能力」をみずから喪失させるのである。
広島・長崎の最大の教訓は二度と核攻撃を受けぬこと
日本では、広島・長崎という世界で唯一の戦争被爆国であることを理由に、核兵器に対する核アレルギー(拒否反応)が極めて強い。しかし、広島・長崎の最大の教訓は、日本民族が二度と再び外国から核攻撃を受けないように国家と国民を守ることであり、そのための核抑止力を否定することでは断じてない。
近年、核戦力を含む強大な軍事力を背景として南シナ海での人工島軍事基地建設や常態化した尖閣諸島領海侵犯など海洋進出を企てる中国の脅威や、核放棄の目途すら立たない北朝鮮の核・ミサイル開発、さらには米国による「拡大核抑止」(核の傘)の不確実性を考えれば、日本にとって原発再稼働による世界最高水準の原子力技術に裏打ちされた高度な「潜在的核保有能力」の維持確保に基づく潜在的核抑止力は、日本の安全保障上必要不可欠であり、これを根底から喪失させる反原発・脱原発の流れは、日本の安全保障上極めて危険であると言わなければならない。
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加藤 成一(かとう せいいち)元弁護士(弁護士資格保有者)
外交安全保障研究。神戸大学法学部卒業。司法試験及び国家公務員採用上級甲種法律職試験合格。最高裁判所司法研修所司法修習生修了。元日本弁護士連合会代議員。弁護士実務経験30年。