北朝鮮は「割れやすいガラスの器」か?

長谷川 良

北朝鮮の対韓国窓口機関・祖国平和統一委員会は16日、前日の文在寅大統領の光復節の式典での演説を非難し、「われわれは南朝鮮(韓国)当局者とこれ以上話すことはない」と一括し、文大統領に対しては、「まれに見る図々しい人物」などと非難したことが報じられると、文大統領は19日、青瓦台(大統領府)で開かれた首席秘書官・補佐官会議で、朝鮮半島の状況に関連して、「割れやすいガラスの器を扱うように、一歩ずつ進む慎重さが必要だ」として、相手の立場を理解する知恵や真摯な姿勢が必要との認識を示したという(韓国聯合ニュース)。

▲エスパー米国防長官と会談する韓国の文在寅大統領(2019年8月9日、韓国大統領府公式サイトから)

この記事を読んで複雑な思いがした。文大統領は、朝鮮半島の状況を「割れやすいガラスの器」と表現したが、具体的には北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が「割れやすいガラスの器」で、いつ暴発するか分からないから、南北融和政策も慎重に進めていく必要があるという意味合いがあるはずだ。

そういえば、日本の河野太郎外相が文在寅大統領の元徴用工への対応が遅れていることを指摘すると、大統領府関係者が、「身の程知らずの無礼さ。一国の国家元首を批判するとは」と激怒している。北朝鮮に対しては「割れやすいガラスの器」を扱うように、相手の立場を考慮する一方、隣国の日本外相に対しては口汚く罵るのだ。この好対照ぶりは何を意味するのか。

北朝鮮は米韓軍事合同演習に激怒し、短距離弾道ミサイルを連日発射してうっ憤を晴らした。すなわち、北は米韓の一挙手一投足に敏感に反応する。まさに「割れやすいガラスの器」だ。一方、韓国は、反日言動を繰り返し、海外に反日を拡散させたとしても日本は激怒することはない「壊れない鋼鉄の器」と考えているから、「日本の立場を考慮する必要はない」という思い込みがあるのだろうか。

文政権は政権発足以来、南北融和政策という名目で北に完全に傾斜していった。文大統領は金正恩委員長の広報担当官とメディアで冷笑されても怒らない。むしろ、南北融和政策の成果として誇ってきた。

一方、日本に対しては全てにネガティブに受け取る。韓国は昨年10月、国際観艦式で日本の海上自衛隊の艦艇の旭日旗掲揚に抗議して自粛を要請し、「過去の日本の植民地時代の蛮行を想起させる」と不満を表明し、慰安婦問題では少女像を世界に輸出し、元徴用工の賠償請求を促し、日本からの輸出を阻止し、国内では日本製ボイコットをする。なぜならば、韓国側は「日本は怒り出したとしても最終的には韓国側の意向を飲むだろう」という計算があるからだ。文政権は現実を冷静に判断する能力を失い、悲しい誤解を繰返している。日本側は怒り出しているのだ。

文大統領の「割れやすいガラスの器」という北朝鮮は3代世襲の独裁国家だ。大量破壊兵器の核兵器を製造し、いつでもソウルや東京にミサイルを発射できる国だ。国民の人権は常に蹂躙され、基本的人権は全く考慮されない国だ。その国に対し、文大統領は「相手の立場を考慮して」と呼びかけているのだ。文在寅大統領はどの国の大統領だろうか。

韓国民は気が付かなければならない時を迎えている。文大統領は韓国民の最高指導者というより、北側を第一に考える大統領だということだ。韓国の国民経済が厳しくなってもその対策を考えるより、金正恩氏と次はいつ会うかを楽しみにし、国民の不満が高まった時には反日カードを取り出して国民を煽れば済むと考えている革命指導者だ。

北の立場に理解を示し、「割れやすいガラスの器」を扱うように、慎重となる文大統領が日本に対しては激変し、民族主義者の顔が現れ、反日ルサンチマンの塊になる。国民経済が厳しくなったこともあって、文大統領は「日韓の対話、協力」という言葉を使い出してきたが、多くの日本人は文大統領の言葉をもはや信じないだろう。

文政権からは「米韓軍事合同演習が20日に終了したから、北側の態度が変わるのではないか」という淡い期待が聞かれる。韓国は来月中に、世界食糧計画(WFP)を通じて北にコメ5万トンの支援を実行する予定だが、中国は約80万トンのコメを北に支援するという。これが事実とすれば、韓国の対北経済支援カードはもはや有効に機能しないだろう。北国営メディアの文大統領批判はそのことを裏付けているように思われるのだ。

文大統領は近い将来の南北再統一を視野に入れ、北側を怒らせないように自制しているのかもしれない。もしそうならば、文大統領は大きな間違いを犯している。独裁国・北朝鮮と韓国の再統一はあり得ないのだ。南北再統一問題は、北の独裁国家が崩壊した後に協議する課題、という条件が付く。その前は考えられない。独裁国家・北が存続する以上、韓国は南北再統一のカードを切れないのだ。文大統領の南北再統一構想は時期尚早だけではなく、非常に危険な冒険だ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月23日の記事に一部加筆。