台湾総督府編「台湾統治始末報告書」を読む③

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接収の概況 その2

接収に伴う日籍職員の処置に就きましては、各部門共若干の例外を除き等しく日籍職員の協力を(*中国側が)希望し、本府及び直轄機関は概ね六割、地方は三割、四割の多数の留用を求められました。・・中国官吏の実情に通ずるまで知識経験のある日籍職員の協力は欠くべからざるものあることは容易に了解し得るところでありますが、八年抗戦の民族的感情を超え予想外に多数の日籍職員を留用致しました事は、中国官吏の寛容なる態度と相俟ち、日籍官吏にも少なからず感銘を与え・・

然し乍ら本年二月、日僑の集団還送開始せらるるや、留用日籍職員は物価騰貴に生計を維持し難く、次第に窮乏に陥りつつありました為、治安上の不安と相俟ち殆ど大部分本国帰還を希望するに至り・・あえて留用解除を求むるに至りましたが、三月下旬、中国に於いて本島留用日籍職員教官民を合わせ七千人、その家族を合わせ二万八千人の残留を認る事に方針決定せらるるに及び・・眞に不可欠なる最小限度の技術及び特殊技能職員のみを保留し、大部分の者は留用解除の上、帰還せしむる事に決定・・

留用者の将来の不安なからしむる為、留用期間及び工作目標を明確にし、留用者に相応の地位を与えかつ技術技能を発揮しうる如く取扱い、治安の現況に鑑み声明、財産、居住の保障を為すと共に、相応の生活維持に必要なる経済的殊遇を考慮し、かつ将来帰還の際の配船及び日本との通信、家族送金を可能ならしむべきこと等の申入れを行い・・

こうして官民合わせて7千人(家族を含め28千人)の「不可欠なる最小限度の技術及び特殊技能職員」が、中国側の要請に基づいて引き継ぎのために台湾に残った。日本統治期の台湾の官民組織の要職は日本人が占めていたからだが、言語の問題も、陸士・陸大出の陳儀らは別として、大陸から渡台した中国人の多くは北京語、一方、日本人は日本語、本島人は日本語と台湾語を解するのみで課題があった。

この報告書が書かれた後のことだが、毛沢東に敗れて1949年暮れに南京から台北に遷都した蒋介石は、旧日本軍の富田直亮少将以下の将官ら80数名を三顧の礼を以て台湾に迎え、国民党軍の教育訓練に当たらせたことが知られている。彼らは富田の中国名の白鴻亮から白団(パイダン)と呼ばれた。

さて、前項の最後では接収しに際して中国側が、「専ら物的接収に重きを置き、懸案事項、緊急要務等重要なる行政事務の引継ぎには殆ど関心を示さ」ないことに日本は驚いたのだが、ここに中国の敵産接収の本性が現れている。

総督府は当時、米と砂糖をそれぞれ20万トン備蓄していたところ、あれよあれよという間に未だ共産軍との戦闘が行われている大陸に送られて売り捌かれてしまい、対価の大半は行政部門の幹部の懐に収められたとの記録もある。

この報告書ではそういった中国側の接収の様子には触れていないので数字を追ってみた。まず1945年8月時点での日本の海外残置資産だが、外務省の「調査と情報第228号戦後補償問題-総論」によればその総額は3,795億円で地域別内訳は次のようだ。()内は190倍程度とされる1945年当時と現在の貨幣価値の差を勘案した参考値。

  • 台湾:425億4千万円(8兆826億円)
  • 朝鮮:702億6千万円(13兆3494億円)
  • 中国東北(満州):1,465億3千万円(27兆8407億円)
  • 中国華北:554億4千万円(10兆5336億円)
  • 中国華中、華南:367億2万円(6兆9768億円)
  • 樺太、南洋、欧米等:280億1千万円(5兆3219億円)
  • 合計:3,795億円(72兆1050億円)

台湾の425億4千万円のうち中国が1947年2月末までに接収した日本の残置資産(敵産)は109億9千万円(現在価値で2兆881億円)で全体の約26%であり、その件数と内訳は次の通り。

  • 公的機関:29億4千万円(593件)
  • 民営企業:71億6千万円(1,295件)
  • 私有財産:8億9千万円(48,968件)
  • 合計:109億9千万円(50,856件)

また民営企業の「敵産」は次の通り国営化されたものと省営化されたものに分けられる。

<国営化分>

  • 電力:台湾電力 ⇒ 台湾電力公司
  • アルミ:日本アルミニウム ⇒ 台湾金呂業公司
  • 造船:台湾船渠基隆造船所 ⇒ 中国造船公司
  • 銀行:台湾・台湾貯蓄・三和 ⇒ 台湾銀行
  • 製糖:大日本・台湾・明治・塩水港 ⇒ 台湾糖業公司
  • 化学:南日本化学・鐘淵曹達・旭電化 ⇒ 台湾研業公司
  • 製塩:台湾製塩・南日本塩業・台湾塩業 ⇒ 中国塩業公司
  • 肥料:台湾電化・台湾肥料・台湾有機合成 ⇒ 台湾肥料公司
  • 機械:台湾鉄工所・東光興業高雄・台湾船渠高雄 ⇒ 台湾機械公司
  • 生保:第一・明治・野村・安田・住友・三井等11社 ⇒ 台湾人寿保険公司
  • 石油:海軍第六燃料廠・日石・帝石・台拓化学工業・台湾天然瓦斯研究所 ⇒中国石油公司

<省営化分>

  • セメント:浅野・台湾化成・南方セメント ⇒ 台湾水泥公司
  • 紙パルプ:台湾パルプ・塩水港パルプ・東亜製紙・台湾製紙 ⇒ 台湾紙業公司
  • 農林:製茶8社・パイナップル関連6社・水産関連9社・畜産関連32社 ⇒ 台湾農林公司
  • その他:砿業24社・鋼鉄機械31社・紡績7社・ガラス8社・油脂9社・化学製品12社・印刷14社・窯業36社・電気器具5社・土木建築16社 ⇒ 台湾工砿公司

目下、韓国大法院のいわゆる徴用工判決を巡って日本の戦後賠償の話題が再燃している。もし1965年の基本条約破棄となれば、無償3億ドルの経済協力の他に、先述の外務省資料にいう702億6千万円(概算現在価値13兆3494億円)の朝鮮半島に残置された日本資産の問題も惹起されよう。

蒋介石(1940年撮影、Wikipediaより:編集部)

中国に関しては蒋介石が「以徳報怨」と述べて日本の賠償を放棄した。なぜ蒋介石がそうしたかは措いて、ここでも日本の残置資産が注目される。満州と北朝鮮の分は粗方ソ連が持って行ったが、満州を除く中国と台湾を合わせたそれの現在価値は25兆円を超える。賠償として充分な金額ではなかろうか。

本島人の動向

中国復帰明らかとなり、中国側の解放復興の宣伝展開せられまするや、今日の盛況と社会福祉並びに島民の文化的経済的水準の向上を齎しましたにも拘らず、急激に日本より離反するに至るを目の当り見、在留日本人は等しく異民族統治の困難を今更乍ら索然として痛感致した次第でありますが・・一部の者を除き、純良かつ冷静なる多くの本島人、終戦後今日に至る迄一貫して日本人に対し親愛別離の情を示し居り、素朴なる民衆も多く、個人的感情としては日本人に対し同情の念を抱き居りたる事が窺われるのでありまして、ここに如何ともし難き民族感情は別として、本島統治の御恩沢と道義性は永く心ある島民の脳裏に銘記せられ、今後の日華親善に何らかの寄与を為し得るものと期待し得、台湾五十年の統治は日本帝国の将来にとり無意義に終わらざる事を信じ、以て寂寥を癒し居る次第であります。

高砂族に於きましては、その素朴純情なる気持ちを以て日本の敗戦に同情せる実情でありまして、今次戦争に於ける犠牲及び貢献を想う時、別離の情を禁じ得ざるものがあり、将来に於ける多幸を祈って已まざる次第であります。

一部には、日本から離反し狼藉を働く不定無頼の徒の台頭を見たものの、日本人に対し親愛別離の情を示す素朴なる民衆も多かったので、五十年に亘る日本の統治が「今後の日華親善に何らかの寄与を為し得るものと期待」する旨が述べられている。

原住民についても「その素朴純情なる気持ちを以て日本の敗戦に同情せる実情であり」、日本人も今回の戦争におけるその犠牲と貢献と相俟って、「別離の情を禁じ得ざるものがあり」としている。この報告者が予見した通りの今日の日台の友好ぶりを想う時、恩讐を超えた人間の情は信じられると感じる。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。