【GEPR】「原発ゼロ」は小泉進次郎氏の裏切りだ

池田 信夫

小泉進次郎環境相(原子力防災担当相)は、就任後の記者会見で「どうやったら(原発を)残せるかではなく、どうやったらなくせるかを考えたい」と語った。小泉純一郎元首相が反原発運動の先頭に立っているのに対して、今まで進次郎氏は慎重に言葉を選んでいたが、「原発ゼロ」に舵を切ったわけだ。

就任会見する小泉氏(政府インターネットテレビより)

「1つの国で(原発事故を)2度起こしたら終わりだ」という言葉も父親と同じだが、意味不明である。2回起こしたら国が終わるなら、1回の事故で福島県は終わったのか。こういう無内容な脅しこそ地元に失礼だとは思わないのか。

彼が原発をなくしたいと思っているのなら、その方法は簡単である。ドイツやイタリアやデンマークのように、原発の建設を禁止すればいい。自動車事故をなくすには自動車を禁止し、飛行機事故をなくすには飛行機を禁止すればいいのだ。

政治家が考えるべきなのは、原発ゼロの社会的コストだ。彼は石炭火力も「減らしていく」と語っているが、原発をなくして火力を減らすと、増えるのは再生可能エネルギーである。図のように世界各国の再エネ比率と電気料金の相関は強く、デンマークのように原発ゼロになると、家庭用電気料金は日本の1.6倍の40円/kWh以上になるだろう。

主要国の電源構成と家庭用電気料金(電力中研調べ)

時系列でみても、原発ゼロにしたら産業用の電気料金は2030年には2010年の1.9倍になると予想されている。特に自動車産業は、とても国内では成り立たない。他方で原子力のトップランナーになった中国の電気料金は7円/kWh。これが今後は5円以下になると予想されている。

2040年までの電力料金(大和総研調べ)

だから経営者のやるべきことは明らかだ。トヨタが頑張って国内で300万台生産するより、生産拠点を中国に移して、国内の1/8の電気料金で生産すれば、グローバルの利益は大きく上がる。

電気料金は将来世代への逆進的な課税

問題は雇用である。自動車工場がなくなると、そこで働く人の雇用が失われるだけでなく、下請けや関連産業の雇用も失われる。自動車産業の「乗数効果」が大きいことは、リーマン危機以降の輸出減少で、日本経済がアメリカ以上に落ち込んだことをみてもわかる。

国内から製造業がなくなると、サービス業が雇用の9割を超える。それも事務労働はITに置き換えられるので、残るのは肉体労働と、接客や介護などの個人向けサービス業だ。研究開発などの付加価値の高い仕事は労働人口のたかだか数パーセントだから、所得格差は拡大する。

電気料金は消費税に換算すると今の8%から15%ぐらいになり、その負担率は低所得者ほど高い。こういう傾向は今でも起こっているが、原発ゼロはそれを促進する将来世代への逆進的な課税なのだ。

だから彼の父親が、原発ゼロを主張するのは合理的だ。原発をなくせば老人は安心し、そのコストは彼の子孫が負担するからだ。しかし38歳の進次郎氏は、将来世代を代表して発言する責任を負っている。来年うまれる予定の彼の子供は、さらに重い社会保障コストと、重いエネルギーコストを背負い、格差の拡大する社会で生きなければならない。

環境問題は、本質的には長期と短期のトレードオフである。石炭火力も短期的なコストは安いが、長期的な地球温暖化のコストは高い。そのコストを2100年までの長期で問題にする政治家が、原子力については目先の「安心」を振り回す。原田元環境相が「トリチウムは海に流すしかない」と発言したら大騒ぎだ。

将来世代を代表する進次郎氏がやるべきなのは、この政治的なバイアスを是正し、電源の環境コストを(安全性も含めて)定量的に評価することだ。彼が非科学的な「安心」のために将来世代の生活を犠牲にするのは、同世代への裏切りである。

追記:朝日新聞によると、小泉氏は福島県漁連に行って前任者の発言について「おわび」したという。トリチウムの海洋放出は(環境省の外局である)原子力規制委員会の田中委員長も更田委員長も勧告した、唯一の合理的な解決策だが、漁協が「風評被害」を理由に認めない。

原田氏の発言は当たり前のことを言っただけで、これに閣僚がおわびすることは、政府が「放出しない」と約束したに等しい。これでトリチウム問題は振り出しに戻った。事前の大臣日程になかったというから、環境省の事務方も知らなかった独断かもしれない。閣僚としての適格性に疑問がある。