米共和党のテッド・クルーズ上院議員はトランプ米政権に「中国に国連薬物犯罪事務局(UNODC)の事務局長ポストを手渡すな」と助言している。
クルーズ議員は12日、Foxニュースの中で、国連機関での中国共産党政権の影響が肥大化してきたと警告し、「UNODCを中国人に取られれば、危ない」とトランプ政権の対応を求めている。
米国連大使を務めたことがあり、トランプ米大統領に先日大統領補佐官の地位を解任されたジョン・ボルトン氏も、「国連機関での中国の影響力の拡大をこれ以上無視できない」と警告を発していたことを思い出す。
UNODCの次期事務局長は間もなく決定するが、中国公安部国家麻薬監視委員会副長官の曽偉雄氏(61、Andy Tsang)が有力候補に挙げられている。曽偉雄氏は2011年1月から2015年5月まで香港警察長官だった。
香港の警察長官時代、2014年の反政府デモ(雨傘運動)の取り締りで、強硬な警察力を行使し、平和的に行われたデモに対し催涙ガスなどを投入するなど、強権を発動した。香港の市民ならば同氏の名前を聞けば苦々しい思い出しか出てこないだろう。その同氏がよりによって薬物や犯罪問題を取り扱うUNODCのトップに立候補しているわけだ。
クルーズ議員は米国の大学内や研究機関に中国の影響力が拡大するのを阻止する法案を支持してきた。米大学の中の約100の大学に「孔子学院」がある。
米連邦議会上院の情報委員会の公聴会で2月13日、クリストファー・ライFBI長官が、スパイ活動の疑いで孔子学院を捜査している。中国情報機関と密接なつながりのある「孔子学院」の閉鎖の動きが出てきている(「米大学で『孔子学院』閉鎖の動き」2018年4月13日参考)。
上院外国関係問題委員会に所属するクルーズ議員は、「国際機関で中国の政治的影響力が拡大してきている。中国共産党政権は組織的に自身の政策を促進させるために国際機関で勢力の拡張に乗り出しているのだ。
トランプ政権は中国の野心を停止させるため緊急に対応を取るべきだ」と強調している。具体的には、曽偉雄氏のUNODC事務局長の選出を阻止すべきだというわけだ。
UNODCは1997年に設立され、持続可能な開発と人間の安全保障を確保する観点から、違法薬物、犯罪、国際テロリズムの問題に包括的に取り組むことを目的に設立された。
UNODCの職員はおよそ1500人で、世界の50の現地事務所やニューヨークとブリュッセルの連絡事務所のネットワークを通して働いている(国連広報部)。現事務局長はロシア人のユーリ・フェドートフ氏だ。その後継者をアントニオ・グテーレス国連事務総長が5カ国の安保理常任理事国と協議して選ぶ予定だ。
国連関係者によると、10月には後継者が明らかになるという。UNODC事務局長は同時に、国連事務局次長であり、国際原子力機関(IAEA)や国連工業開発機関(UNIDO)の本部があるウィーンの国連機関を総括する立場だ。
思い出してほしい。国際刑事警察機構(本部リヨン、ICPO)の総裁に2016年11月に就任していた孟宏偉氏(65、Meng Hongwei)が昨年10月7日付けで突然辞任した。孟宏偉氏は北京当局に一方的に強制帰国させられたのだ。
2019年3月27日、中央規律検査委員会は「収賄や職権乱用を含む違反行為を行ったとして孟総裁を公職から追放し、党籍剥奪の上で刑事訴追することを決めた」と発表した。インターポール総裁といっても中国共産党の管理下に置かれていることを端的に示す出来事だ。曽偉雄氏がUNODC事務局長に就任すれば同じことが起きないと誰が言えるだろうか。
2010年7月以来、ロシア人のフェドートフ事務局長が犯罪と麻薬を取り締まる国連機関を牛耳ってきた。その後継者に中国共産党党員の曽偉雄氏が選出されれば、犯罪、麻薬対策は果たして成果をもたらすだろうか。欧州の国連関係者は「醜怪な決定」(a hideous Appointment)と呟いているほどだ。
それに対し、中国外務省の耿爽(Geng Shuang)報道官は、「曽偉雄氏の立候補は中国政府が多国間主義と国連の任務を支持していることを端的に示している。中国は組織犯罪、麻薬犯罪に対して献身的に努力する考えだ」と弁明している。
ちなみに、中国は15ある国連専門機関のうち、4つの機関のトップを既に占めている(①国連食糧農業機関(FAO)の屈冬玉事務局長、②国連工業開発機関(UNIDO)の李勇事務局長、③国際電気通信連合(ITU)の趙厚麟事務総局長、④国際民間航空機関(ICAO)の柳芳事務局長)。
■
「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年9月16日の記事に一部加筆。