台風15号による千葉県の大停電が起きて1週間が過ぎた。いまだ停電したままの地域もある中、この3連休にはボランティア活動も本格化し、復旧に向けた支援の輪が加速してきたが、ネット上では、災害発生の当初、特に被害の大きかった千葉県南部などから「まったく報道されない」との悲鳴が上がったことが注目を集めた。
住民指摘の報道不足、実態はどうだったのか?
現地住民のツイッター投稿をまとめたサイトは、発生直後から2日間で40万超のアクセスを集めるなど(16日15時時点では約58万PV)、この記事のような内容が拡散されてイメージが形成された。
台風15号で甚大な被害を受けたのに、まったく報道されない千葉県館山・南房総の様子 #台風15号 – NAVER まとめ
また、実際、現地にいち早く取材に入った堀潤さんにも現地住民から「取材が来ない」との声が寄せられたようだった。
なかなか報道されない台風15号の千葉での被害状況をジャーナリストの堀潤さんが現地取材! – Togetter
問題提起が相次いだことで、AbemaTVなどは報道番組で検証企画も実施し、その堀氏も出演して議論がかわされたようだ。
「千葉の台風被害報道が足りない」を検証 被災報道のリアルと報道の“構造的欠陥”が浮き彫り
この手の「報道される or されない」は印象的な部分もある。台風が千葉を通過した直後には内閣改造があり、それもこの「報道されない」一因に挙げる人が多い中で、客観的なデータは知りたいところだった。注目すべきことにこの番組では、テレビ朝日の報道時間を明らかにしている。
実際にテレビ朝日で報道された台風被害の放送時間を調べてみると、台風が直撃した9日では170分、翌10日は124分、11日は69分、12日は89分に増え、13日は145分であった。
現時点では、これくらいしかないと思われるし、発生当初は時間を割いていたことにはなるが、問題はその中身だ。スタジオ解説や気象庁の中継といったことも含めた「総量」でのことだろう。取材にいったアナウンサーが
被災した地域がバラバラと多くあり、それに対して報道が対応できなかったというのが、報道が少ないと言われている一因ではないか。
と述べているあたり、千葉県南部など被災地の深刻な実態は時間が経って詳しくわかってきてから、12、13日と再び報道量が増えたのではないかと思うが、このあたり、エムデータのようなより精度の高い報道分析を望みたいところだ。
九州や東北ならもっと早く報道された?
一方、堀さんがNHK時代の経験から
「全国ニュース配信のためのチームと、首都圏エリアを担当するローカルのチームとがある。東京が中心であるがゆえに、関東甲信越のニュースの優先順位が後ろに回されてしまう構造的な欠陥もあるだろう」
と指摘している点は筆者も大いに同意する。新聞社も大なり小なり似たようなものだし、鈴木涼美さんのコメントも含めて、(記事の範囲で)番組内で議論されたことも今後の問題を考える上で必要な論点だ。
ただ、堀さんは触れていないが、報道の初動が遅れたと思われる背景に、千葉や埼玉などの首都圏特有の構造的な問題があることも筆者は指摘しておきたい。
これは全くの主観だが、もし同じ事態が、東京から遠く離れた九州や東北であっても、県庁所在地などを中心に、もっと早い段階で報道されたのではないだろうか。
何が言いたいかと言えば、九州や東北は確かに千葉県より「田舎」扱いされる地域が多いかもしれないが、それぞれの県庁所在地には、NHKの支局はもちろんのこと、民放ですらキー局とネットワークした地元放送局が存在し、一定規模の取材態勢を有している。
しかし、千葉は神奈川、埼玉などと並び、東京にあるキー局の直轄地域。幕藩体制で言えば「天領」なのだ。
県庁所在地の千葉市や空港のある成田に支局は置くくらいで、館山のような遠方は駐在のカメラマンを配置しているかどうかの脆弱な取材体制だと思われる。新聞社も、全国紙を凌駕するシェアを誇る徳島県の徳島新聞、石川県の北國新聞のような強力な地元紙はいない。
これは何を意味するか。「天領」は自治意識が弱い。これに対し、強力な地元紙や民放でも系列局があるところは、大名家による自治が働いているのと同じで、地元出身者が報道関係者に相応に占めるため、有事の際も「ふるさとは自分たちの手で護る」ばりの「ふるさとの危機は自分たちで伝える」という熱意が格段に違う。NHKが全国一律に圧倒的な災害報道のリソースを持っているので、これとの相乗効果が生まれやすい。
オリンピック後、現実味を帯びる「ニュース砂漠」
ただ、首都圏の構造問題を指摘するだけなら、目新しいことではない。
筆者が、今回の事態を憂慮するのは「東京 VS 地方」、同じ県内でも「県庁所在地 VS 遠方の自治体」という報道格差がもともとある中で、経営の苦境が続く新聞、テレビが取材拠点の統合・縮小を進めていくと、何が起きるかという近未来の問題である。
新聞業界が早くから危機に陥ったアメリカでは、地元紙が倒産した地域の自治体では汚職が増えるなどした空白地帯の問題を「ニュース砂漠」として捉えている。
日本でも、消費増税、広告収入増が見込めるオリンピック終了後の新聞、テレビ業界の経営環境はいよいよ厳しくなる。産経新聞はすでに取材網の整理統合を進めているが、人員削減に手をつけたことが判明した毎日新聞も今後取材網の縮小も取りざたされている。「ニュース砂漠」化は現実の問題になりつつある。
「ニュース砂漠」問題は、これまで言われている平時の公的機関のチェック機能が弱体化するだけでなく、今回のような災害等の有事が起きた際に、現場の内側にいなければわからない問題、地元の人たちと平時から繋がっているからこそ報じられる問題が明らかになりづらくなる可能性を孕んでいる。そのことを痛感した千葉の大停電問題だった。
新田 哲史 アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」