福島原発処理水の船舶による海洋投棄はできるか

高橋 克己

福島原発の「処理水は海洋放出するしかない」とした原田前環境大臣の発言を、新環境大臣の小泉進次郎氏が就任会見で漁業関係者に詫びた。が、新大臣は海洋放出を否定するか。この問題ではトリチウムを含む処理水の安全性の問題と共に海洋への放出方法に関しても議論がある。

福島第1原発のALPS処理水タンク(経済産業省・資源エネルギー庁サイトより:編集部)

放射能汚染水を処理した水(以下、処理水)の安全性は、アゴラに掲載された経産省資料によっても問題ないことは明らかだ。どこの国でも海に流しているし、福島の憂慮をIAEAに訴え出た韓国などは、その何倍ものトリチウム濃度の処理水を海に流している。

福島の処理水は11年4月に一部放出されただけで、今や100万トンを超えた。これには原子力規制委更田委員長も「希釈して海洋放出が現実的に取り得る唯一の手段」、「いまだに決定がなされないことを憤っている」と述べた。が、風評被害を懸念する被災地の漁業関係者への配慮が背景にある。

そして先週、月刊誌の名物編集長とその助手?が週刊誌記事を批評するネット番組で、福島の処理水について、「船で遠くの沖へ持っていって捨てれば良いと思うのに、どうしてそうしないのか不思議だ」といった趣旨の話をお二人がなさり、けっこう盛り上がっていた。

筆者も数年前にお二人と同じように考えて少し調べたことがあった。結果は、放出できるとしてもそれは陸からに限られ、船などによる海洋投棄はNGだったとの記憶がある。当時は漁業関係者の理解も得られるのに残念と思ったが、今ではその理由も忘れてしまった。

そこで以前に得た結論に至った根拠を改めておさらいしてみた。以下にそれを紹介する。

海洋投棄に関係する国際的な法律と条約は主に以下の三つのようだ。すなわち、「海洋法に関する国際連合条約」(以下、国連海洋法)、「1972年ロンドン条約」(以下、ロンドン条約)そして「ロンドン条約1996年議定書」(以下、議定書)だ。

結論から先に言えば、やはり「船舶などで沖へ持って行って処理水を投棄することは禁止されている」が「陸からならば、処理水が安全であり、かつ、そのことに各国の理解が得られていれば放出は可能」だった。以下、関係する国際法を見てみよう。

ロンドン条約は、水銀、カドミウム、放射性廃棄物などの有害廃棄物を限定的に列挙して海洋投棄を禁止した。後に議定書は、廃棄物等の海洋投棄を原則禁止した上で、浚渫物や下水汚泥など海洋投棄を検討できる品目を例外的に列挙し、海洋投棄できる場合でも厳格な条件下でのみ許可した。

「ロンドン条約」「第一条 定義」の「投棄」とは以下を言う。

1.  廃棄物その他の物を船舶、航空機又はプラットフォームその他の人工海洋構築物から海洋へ故意に処分すること。

2.  船舶、航空機又はプラットフォームその他の人工海洋構築物から海洋へ故意に処分すること。

(以下省略)

つまり、廃棄物その他の物の海洋への投棄は「船舶、航空機又はプラットフォームその他の人工海洋構築物」からの処分のみを想定していて、陸から海へ放出することを想定していないことが判る。想定されていない以上、禁止されていないことになる。

そして「廃棄物その他の物の投棄」については「第四条」と「付属書一」にこうある。

「第四条 廃棄物その他の物の投棄」

1.  締約国は、廃棄物その他の物(付属書一に規定するものを除く。)の投機を禁止する。

「付属書一 投棄を検討することができる廃棄物その他の物

1.  次の廃棄物その他の物については、この議定書の第二条及び第三条に規定する目的及び一般的義務に留意し、投棄を検討できる」として次の物を挙げている。

①しゅんせつ物

②下水汚泥

③魚類残さ又は魚類の工業的加工作業から生ずる物質

④船舶及びプラットフォームその他の人工海洋構築物

⑤不活性な地質学的無機物質

⑥天然起源の有機物質

⑦主として鉄、鋼及びコンクリート並びにこれらと同様に無害な物質であって物理的な影響が懸念されるものから構成される巨大な物(ただし、以下略)

⑧二酸化炭素を隔離するための二酸化炭素の回収工程から生ずる二酸化炭素を含んだガス

2.  (省略)

3.  1及び2の規定にかかわらず、国際原子力機関によって定義され、かつ、締約国によって採択され僅少レベル(すなわち、免除されるレベル)の濃度以上の放射能を有する①から⑧までに掲げる物質については、投棄の対象としてはならない
ただし、締約国が1994年2月20日から25年以内に、また、その後は25年ごとに、適当と認める他の要因を考慮した上で、すべての放射性廃棄物その他の放射性物質(高レベルの放射性廃棄物その他の高レベル放射性物質を除く)に関する科学的な研究を完了させ、及びこの議定書の第二十二条に規定する手続きに従って当該物質の投棄の禁止について再検討することを条件とする。

(以下省略)

このように、海洋投棄が検討できる対象物①~⑧に「水」が含まれていない上、「付属書一」の「3.」は僅少レベルの濃度の放射性物質を含む①~⑧を「投棄の対象としてはならない」としているので、結局「処理水」は「船舶からの投棄はできない」と思われる。

ならば、今回の福島処理水のように陸から海へ放出するという、ロンドン条約や議定書が想定していないケースをどう考えたらよいだろうか。そこで登場するのが国連海洋法だ。

国連海洋法は、海洋を巡る長年の国際関係の中から形成されてきた長い歴史を持つ国際法で、海洋の利用や開発及びその規制に関する国際法上の権利義務を定める海洋の法的秩序の根幹を成すものだ。日本は1983年2月に署名して96年7月20日(「海の日」)に発効した。

同法は、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚、公海、深海底などの海洋に関する様々な問題について包括的に規律する。よって四方を海に囲まれた海洋国家日本にとって、海洋権益の確保や海洋に係る活動を円滑に行うための基礎となる極めて重要な国際法だ。

福島処理水の海洋放出がこの国連海洋法に沿うかどうかは、処理水の放出が他国に対する環境損害を発生させるレベルのものではないことを前提として、同法の「第百九十二条 一般的義務」にいう「いずれの国も、海洋環境を保護し及び保全する義務を有する」ことがこの問題に関係する。

具体的には、以下の「第百九十四条海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するための措置」の「1項」に整合するかどうかだ。

1  いずれの国も、あらゆる発生源からの海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するため、利用することができる実行可能な最善の手段を用い、かつ、自国の能力に応じ、単独で又は適当なときは共同して、この条約に適合するすべての必要な措置をとるものとし、また、この点に関して政策を調和させるよう努力する。

つまり、「他に手段がない」ことを国際社会に認識してもらわねばならないと言うこと。だがどこの国も海洋放出していて、福島の何倍もの濃度の処理水を放出している国があること自体、「他に手段がない」ことと「一般的義務」に抵触しないことの証左だ。

こういった事実を国際社会に発信し、海洋放出に伴う風評被害を防ぐことは政府と政治家の責務だ。東電に押し付けてはならない。地震による北海道の大停電や今回の長期・大規模停電は、電気の重要性を改めて認識させた。一刻も早く処理水を海洋放出し、無用な負担から東電を解放すべきだ。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。