朴槿恵になら良いが曺国には駄目?呆れる文大統領の対検察二重基準

高橋 克己

ワイドショーやニュースで連日取り上げられる「チョ・グク事態」(曺国法相の疑惑を韓国ではこう呼んでいる)にはヤケに詳しい日本のテレビ桟敷の方々も、朴槿恵前大統領が一体なんの咎で30年もの懲役を食らっているのかについては、かくいう筆者も含めて、余り良くは知らないように思う。

朴前大統領、チョグク法相(Wikipedia)

また、「文大統領、“検察は省察を”と曺国氏捜査をけん制」と28日の東亜日報が報じた検察とは、文大統領自身がついこの間任命したばかりの尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長に率いられており、その尹総長こそが朴槿恵前大統領をお白州へ引き出した張本人であることもつい忘れられがちだ。

その韓国検察による曺法相の家族らに対する捜査手法を、今回は文氏が公然と牽制したという訳だ。青瓦台の報道官が大統領のメッセージを引く形で公表したものだが、韓国紙の報道で「」書きになっている文大統領の発言部分だけを繋げると概ね次のようになる。太字は筆者

検察の改革は(警察の)捜査権の調整など法・制度だけではなく、検察権行使の方式や捜査慣行などの改革がともに行われなければならない。検察は国民を対象に公権力を直接行使する機関のため、厳正かつ人権を尊重する節制した検察権の行使が何より重要だ。検察がいかなる干渉も受けず、全検察力を傾けるように厳正に捜査しているにもかかわらず、検察改革を求める声が高まっている現実を省察することを望む。国民が念願する捜査権の独立と検察改革という歴史的な役目を担っており、改革の主体であることを肝に銘じてほしい。

ということは、目下の検察の捜査ぶりが、文大統領をして「厳正かつ人権を尊重する節制した検察権の行使が何より重要だ」と言わしめるような捜査のやり方であるということか。裏を返せば、今回の曺氏への捜査ぶりは「厳正を欠き、人権を尊重しない節制のない検察権の行使」ということになる。

いったい韓国経験のない筆者には、韓国の検察の権利行使ぶりや捜査慣行がどういったものなのか良く判らない。が、朴前大統領(李明博も)を起訴に追い込んだ検察と目下チョ・グク事態を捜査している検察が、同一人物である検事総長をトップに頂いていることは事実として知っている。

持論が「人に忠誠を尽くさない」である検事総長が率いる検察が、被疑者によっては首尾一貫した捜査をしない可能性と、朴槿恵氏の時にはその追い落としの急先鋒だった文在寅氏が、身内の捜査には手心を加えよとの仄めかしをする可能性とを比較考量すれば、後者が大きいように筆者は思う。

そもそも大統領ともあろう者がこの種の事柄を、報道官を通じたにしろ公表すること自体、筆者の理解を超える。文氏お得意の国民扇動工作の一環なのだろう。文氏の演説や会見などには随所にその傾向がみられる。今年の三・一記念日の演説で使った「パルゲンイ」などはその最たるものだ。

韓国語でパルゲンイとは共産主義の「赤」を意味する。日本統治期に抗日独立運動家に対して、これを非難する意味で使われたことから、親日派を排斥する目的でこれを持ち出し、左派の文政権に対して使われることのないよう予防線を張ったもの、と筆者は考えている。

話を朴槿恵問題に移そう。弾劾の真相を熟知してはいないものの、実は筆者は彼女に同情的だ。確かに「被害者の立場は千年変わらない」と告げ口外交に勤しみ、天安門にも立った。内政面でも不通かつ強権的で、セオル号沈没の時は1時間半も髪をセットしていたかも知れぬ。

だが、朴槿恵が根っからの反日ではないことは、偏向教科書を国定化で見直そうとして文在寅率いる左翼野党に引きずり降ろされたことや、拉致被害者と面会したことや日韓慰安婦合意を果たしたことなどを見れば知れる。資産が住居たる不動産と預貯金だけであることからも悪人でも金の亡者でもない。

朴正煕(Wikipedia)

身の上には不幸な一面もあった。そもそも朝鮮戦争の合間を縫って母のお腹に宿り、その両親は共に暗殺された。生涯独身だし、妹と弟がいるが反りの合わない妹とは疎遠だ。政治家になってからは暴漢に顔の横を切られて60針も縫い、自分も二重にした廬武鉉から整形手術と揶揄されもした。

韓国紙の過去記事を読むと、憲法裁判所の弾劾訴追理由は、崔順実による国政壟断疑惑や崔氏が実質的に支配する財団への企業からの出資などを「大統領の地位と権限の濫用」として違憲としたからのようだ。さすがにセウォル号事故への対応をめぐる大統領の職責問題は対象外となった。

8月29日に大法院が「国政壟断事件」の上告審判決を出した。韓国紙には「朴前大統領は国家情報院の特別活動費事件など他の事件を含めて30年以上の刑を言い渡されたため量刑に大きな変化はない」などと書いてある。問われている罪状がこれで全てかどうか判らないが記述を順不同に挙げれば次のようだ。

  • 国家情報院の特別活動費事件
  • 国政壟断事件
  • 収賄罪
  • 職権乱用による権利行使妨害
  • 強要
  • 強要未遂
  • 公務上秘密漏洩
  • 公職選挙法違反

だがよく読むと、企業から財団への支援を要求した容疑(強要)は無罪、サムスンがスポーツ財団に支援した204億ウォンは賄賂ではないと判断され、また、朴前大統領がポスコにスポーツ団を設立し、崔氏の会社とマネージメント契約を結ぶよう指示した容疑も無罪が確定したと書かれている。

別記事には、朴氏は国政壟断の他にも、「候補者公認介入」や「国情院長特別活動費賄賂」でも起訴され、前者では懲役2、後者では控訴審で懲役5をそれぞれ言い渡され、最高裁の最終判断を待っているとある一方、これまで言い渡され刑は合わせて懲役32とある。実に難解だ。

他方、サムソン副会長の方は、二審で無罪になった英才センターへの支援金約1.5億円と崔氏の娘用の馬3頭の約3億円が、馬の所有権はサムソンだが大法院は賄賂認定したとある。結果、サムソンからの横領額が約87億ウォンとなり、50億ウォンを超えたので無期懲役または5年以上の懲役になるそうだ。

横領額が36億ウォンだった二審では、懲役2年6カ月だが執行猶予4年だったので娑婆に居られたということらしい。それでなくとも危急存亡にある韓国経済の屋台骨を支えるサムソンの実質トップを監獄にぶち込むとは、もしかすると大法院院長に文大統領の威光が及んでいないのだろうか(笑)。

何を言いたいかといえば、朴槿恵を30年も牢に繋ぐ罪状が、如何にも韓国流の質より量、つまり自信がない者ほどあれこれ理由を言い立てる式のものに思えるということだ。国政壟断唯一の物的証拠とされたタブレットも捏造証拠だったといわれるが、どうなっているのだろう。

韓国大統領府Facebookより:編集部

朴槿恵は一貫して罪状の一切を否認し、捜査協力を拒んだ。が、そのことすら憲法裁判所に「朴大統領は検察と特別検察官の調査に応じることなく、大統領府の家宅捜索も拒否した」、「法違反行為が繰り返されないようにする憲法守護の意志が見られない」と見做された。

それでも起訴に持ち込んだのは、今回文大統領が牽制した尹錫悦検事総長に率いられた検察だ。これを二重基準と呼ばずしてなんと呼ぼう。冒頭の記事にある「検察改革を求める声が高まっている」や「国民が念願する捜査権の独立と検察改革」といったところで、国論は二分されているではないか。

文大統領の余りに見え透いた言動には呆れるほかない。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。