韓国を誤解させる二階幹事長の「韓国に譲ろう」発言

加藤 成一

「韓国に譲ろう」の二階幹事長発言

自民党のナンバー2である二階俊博幹事長は、9月27日BSテレ東の番組収録で、悪化している日韓関係について、「我々は大人になり、韓国の言い分も聞く度量がないと駄目だ。円満な外交を展開できるように、韓国の努力も必要だが、まず日本が手を差し伸べて譲歩できるところは譲歩すべきだ」と述べたという(9月28日付け読売新聞)。

これは、自民党幹事長として、悪化する日韓関係を憂慮しての発言と思われるが、この発言は、日本の国益にかかわる外交上において、韓国に誤ったメッセージを与えかねない危険性がある。

自民党サイトより:編集部

「二階発言」を大きく報道する韓国各紙

案の定、韓国各紙は「二階発言」をトップ記事として一面で大きく取り上げた。9月30日付け「東亜日報」は、「安倍政権の核心人物の二階氏が韓国に対する譲歩に言及したのは異例だ」と報道し、同日付け「中央日報」は、「二階発言は日本製品不買運動と日本旅行忌避による日本経済のダメージによるものである」と分析している。

しかし、「二階発言」が、GDP世界第3位の経済大国であり、巨額の外貨準備高を保有し、世界ナンバーワンの債権国でもある日本が、韓国の不買運動と旅行回避だけで音を上げ、大きな経済的ダメージを受けた結果、やむを得ず自民党ナンバー2の実力者から韓国側に譲歩してきた、との誤解を韓国側に与えたとすれば、日本の国際的信用にもかかわる由々しき事態であり、不買運動などを増々鼓舞させることにもなりかねない。

韓国の不買運動や旅行回避により、確かに様々なマイナスの影響が出ていることは事実であるが、そのために、日本側が「徴用工問題」などで一方的に韓国側に譲歩せざるを得ないような経済的に大きなダメージを受けて窮地に追い込まれているとは到底言えないからである。

「二階発言」の重大な国際法上の問題点

「二階発言」の重大な問題点は、二階氏において、日本側が韓国側にどの点をどのように譲るべきと考えているのかである。もしも、二階氏が「徴用工問題」でも何らかの譲歩をすべきと考えているとすれば、1965年日韓両国間で締結され、国及び国民間の一切の請求権問題の完全且つ最終的な解決が確認された実定国際法である「日韓請求権協定」を根本から否定することになり、戦後の日韓関係の土台そのものが破壊される国際法上の重大問題である。

のみならず、「日韓請求権協定」は、日本と連合国との間で戦後処理を決めたサンフランシスコ平和条約の流れを汲むものであり、「日韓請求権協定」の否定は、サンフランシスコ体制の否定であり、それこそ、戦後の国際秩序を否定する「歴史修正主義」である。このように、もしも、「二階発言」が「徴用工問題」でも日本側に譲歩を求めるものであれば、国際法上の重大問題である。

「大人の対応」は新たな日韓関係構築に害悪

戦後の日韓関係は、「過去の不幸な歴史」を踏まえ、常に日本側が譲歩に譲歩を重ねてきたと言えよう。韓国側は、常に「植民地支配」や「慰安婦問題」などの「歴史問題」を日本との外交交渉の重要なカードとし、切り札として使ってきた。そのため、日本の歴代政権は韓国に対して常に「大人の対応」を余儀なくされ、謝罪を繰り返した。「慰安婦問題」に関する歴代首相の謝罪と財団設立はその典型である。

今回の「二階発言」にもある「我々は大人になり、韓国側の言い分も聞く度量がないと駄目だ」は、正に日本の歴代政権が韓国に対して続けてきた「大人の対応」を再び要求するものであり、「いつか来た道」である。日本が韓国との関係において、主張すべきことを主張せずに、「大人の対応」を続け、譲歩に譲歩を重ねてきた結果が、現在の戦後最悪の日韓関係であり、且つ、歴代韓国政府及び韓国国民の側における、「日本に対しては何をしても許される」という「甘えの構造」である。

したがって、「二階発言」のいう「大人の対応」は、上記の旧態依然たる日韓関係を容認し、結果的にこのような関係をいつまでも永続させ、21世紀の新たな日韓関係の構築にとって、正に逆効果であり害悪でしかないのである。

韓国側の「1+1+α」提案には法律上重大な落とし穴がある

最近、韓国側から徴用工問題の解決案として、「1+1+α」なる案が提案されたと報道されている。その内容は、徴用工と関係した韓国企業と日本企業が資金を出し、韓国政府も資金を拠出して、財団を設立し、元徴用工らに支給するという案である。

しかし、日本企業が「寄付」を含むいかなる名目であれ出捐することは、事実上も法律上も「大法院判決」を容認したと評価されかねず、「日韓請求権協定」の反故を意味し、日本の国益を甚だしく害し、その事実上及び法律上の悪影響は計り知れない。

のみならず、韓国政府認定の元徴用工は22万人とされ、今後さらに増える可能性がある。そのうえ、大法院判決が認めた慰謝料額は1人一律1000万円もの高額であり、22万人で2兆2000憶円にも上る。また、事実上破棄された「慰安婦合意」と同様に、例によって、政権が代われば、「徴用工合意」もいつ破棄されてもおかしくない。

破棄されれば、もちろん日本企業が出捐した巨額の資金は一切戻ってこない。よって、上記の案には法的にも重大な様々な落とし穴があるから、法的見地から見ても到底容認すべきものではあり得ない。

全面的解決は「日韓請求権協定」に基づく「政府間合意」しかない

もともと、「徴用工」への補償は、国及び国民間の一切の請求権問題の完全且つ最終的解決が確認された実定国際法である「日韓請求権協定」に基づき、無償3憶ドルを含む合計8憶ドルもの供与を受けた韓国政府の全責任において履行されるべき、韓国の完全な国内問題であり、50年以上も経過した現在に至って、日本に対して実定国際法上「二重払い」を要求できる筋合いのものでは到底あり得ない。

よって、「徴用工問題」の全面的解決は、日本側としては、あくまでも、法的に日韓両国民を代表する正統な合法政府である、日韓両国政府が締結し批准した実定国際法である1965年の「日韓請求権協定」に準拠した「政府間合意」しかあり得ないのである(2019年9月6日付け「アゴラ」掲載拙稿「徴用工問題を解決する政府間最終合意条項私案」参照)。

「二階発言」は韓国側に誤ったメッセージを与える危険性がある

以上に述べた通り、「韓国に譲ろう」との二階発言は、現在の日韓関係の最大の懸案である「徴用工問題」についても、韓国政府及び韓国国民に対して、「今回も大人の対応をする日本側は、不買運動や旅行回避で大きな経済的ダメージを受けたため、一方的に譲歩してくるに違いないから、日本側が譲歩するまでは何もせずに待っておこう」との誤ったメッセージを与えかねず、極めて危険である。

よって、二階幹事長には、本件のような、特に日本の国益にかかわる最重要外交問題については、今後は特段の慎重な注意深い発言を強く求めたい。

加藤 成一(かとう  せいいち)元弁護士(弁護士資格保有者)
神戸大学法学部卒業。司法試験及び国家公務員採用上級甲種法律職試験合格。最高裁判所司法研修所司法修習生終了。元日本弁護士連合会代議員。弁護士実務経験30年。ライフワークは外交安全保障研究。