関西電力の岩根茂樹社長と八木誠会長が、2010年2月に、関電本社の役員会での講演で、私のコンプライアンス論を聞いてくれていた人達であるのに、彼らの金品受領問題に関する記者会見での言動が、残念ながら、全く理解できない、異様なものであったことは、一昨日の【関電経営トップ「居座り」と「関西検察OB」との深い関係】で述べた。今日(10月9日)の日経朝刊で、関電の会長・社長が辞任の方向と報じられているが、当然であり、遅きに失したというべきであろう。
コンプライアンスを通じて私が、過去に関わりを持った人の中に、もう一人「残念な人」がいる。6年以上にわたって日本郵政副社長を務め、「事実上の経営トップ」とも言われる鈴木康雄氏のことだ。
鈴木氏は、かんぽ生命における「保険不適切販売」の問題に関して、NHK側の対応について、「暴力団と一緒」「ばかじゃないの」などと発言したことで批判を浴びている。
私が、2009年10月に総務省顧問・コンプライアンス室長に就任した際、事務次官として、大臣室での顧問の辞令交付にも立ち会ったのが鈴木氏。翌2010年1月、総務省が「日本郵政ガバナンス検証委員会」を設置し、私が委員長に就任した際も事務次官は鈴木氏だった。そして、2014年に、西室泰三社長時代の日本郵政の役員会でコンプライアンス講演を行った際にも、副社長として出席していた。私のコンプライアンスの活動と関わりがあった人の一人である。
先週10月3日に、国会内で開かれた野党5党による合同ヒアリングに、「日本郵政ガバナンス検証委員会」の元委員長として出席した際、日本郵政側で出席していた鈴木氏と久しぶりに顔を合わせた。
そこでは、かんぽ生命の保険の不適切販売の問題に加えて、NHKへの日本郵政側の抗議の問題も取り上げられた。昨年4月に放送されたNHKの「クローズアップ現代+」が、かんぽ生命の販売に関する問題を取り上げ、続編の放送に向けた情報提供を求める動画を公式ツイッターに掲載し、日本郵政に取材に応じるよう求めていたが、日本郵政側が削除を要求し、応じなかったので、会長宛てにそれを要求した。
それに対して、NHK側が、「会長は番組の編集に関与しない」と回答したことについて、日本郵政側が「ガバナンスの問題」として、NHKの最高意思決定機関である経営委員会に抗議し、NHKは予定されていた続編の放送を延期、同11月にはNHK側が会長名の“謝罪文書”を渡し、公式ツイッター上の動画も削除された。
一連の対応が、日本郵政側からの「圧力」に屈したと批判を受けていた。このNHKへの抗議の中心となったのが、副社長の鈴木氏だ。
野党合同ヒアリングでの日本郵政鈴木副社長の発言
ヒアリングでは、ちょうど私の目の前の席に鈴木氏が座っていた。
NHK側とのバトルに加えて、野党議員からの追及を直接受ける状況に気が立っているせいか、私の顔を見ても無表情で、不愉快そうだった。(※編集部注:動画はFNNニュースYouTubeより)
質問に答えて、鈴木氏が説明した事実経過は、以下のとおりであった。
昨年4月の放送の前に取材を受けて、執行役員が取材に答えた。その後、第二弾の放送をするにあたって、公式ツイッターのショート動画で、全く事実の適示がなくて、「元本詐欺」、「詐欺まがい」、「押売りなど」などと書いていた。貶めるようなことをいうのはやめてくれと抗議したところ、番組プロデューサーが「会長は番組内容に関知しない」と発言したので、明らかに放送法違反だと考えて、NHKの編集体制をしっかりしろと会長宛てに抗議文を送ったが、その後何の返答もないので、本来NHKの監督をするのは経営委員会なので、経営委員会に判断を求めたところ、やっとNHKの執行部から返答があった。
ヒアリング出席者のNHKの専務理事や経営委員会委員長代行の説明によると、日本郵政側の抗議に対して、番組ディレクターが「会長は番組内容に関知しない」と発言したことや、日本郵政側の抗議を長期間放置したことを理由に、経営委員会が、会長に厳重注意したとのことであった。
野党議員からは、鈴木氏に、
日本郵政の中に、これだけ強い調子でNHKに対して物を言える人はいない、明らかに元放送行政に関わり、後に事務次官を務め、指導監督をしてきた自負によるもの。一線を越えた行動ではないか。
との質問があった。
それに対して、鈴木氏は、
視聴者は、番組に対して、言われっぱなしで構わないというんじゃない。そのために訂正放送制度というのがあるんじゃないか。放送されたものがすべて正しい。放送しようとしていることがすべて正しいということじゃないと思います。
と反論していた。
日本郵政のNHKへの抗議における「主張」
鈴木氏が、ヒアリングで述べたことからすると、日本郵政側のNHKへの抗議における主張は、以下のようなもののようだ。
(1) 放送事業者は、組織として編成方針を決定し、その方針にしたがって、番組が作成されなければならない。
(2) 視聴者側は、放送事業者に、真実ではない放送を行ったとして請求した場合には、放送事業者が調査し、真実ではないことが判明した場合には訂正放送をしなければならない
(3) だから、番組の編集に関して問題があると視聴者側から指摘された場合は、組織のトップの責任において対応し、是正を図らなければならない
放送法は放送事業者に(1)~(3)を義務づけているので、日本郵政の抗議に対して、NHKの番組プロデューサーが、「会長は編集に関与しない」と言ったこと、抗議を長期間放置したことが、放送法違反であり、それに対して是正措置をとらなかった会長には重大な義務の懈怠がある。
NHKの経営委員会は、上記のような日本郵政側の主張が正当だとして、会長に厳重注意を行ったということのようだ。
日本郵政の「放送法コンプライアンス」の無理解
しかし、日本郵政側の抗議の内容や、NHKとのやり取りの詳細の資料は不明だが、少なくとも、上記のように、日本郵政側が、放送法を盾にとってNHKに抗議し、公式ツイッター上の動画を削除までさせたことが、放送法の趣旨に沿うものとは思えない。鈴木氏は、「放送法コンプライアンス」をはき違えており、そこには、「根本的な無理解」があるのではないか。
第一に、組織として決定する「編成方針」というのは、どのような目的で、どのような番組を作成していくのかという基本的な番組編集方針のことであり、その方針の決定を組織として行うに当たって、NHKの経営トップである会長が関与するのは当然である。
しかし、一方で、放送法3条は、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」と定めているのであり、個々の番組の内容について外部者から干渉されることを禁じている。組織のトップに対する外部から働き掛けで番組内容が影響を受けることは、3条の規定に反するものであり、放送事業者としては、そのような「干渉」を受けないようにすることが求められる。
第二に、放送法9条の訂正放送に関する規定は、既に放送された番組について、その内容が真実ではないとして権利の侵害を受けた側から請求があった場合に関するものであり、番組を編集する過程で、真実ではない放送が行われようとしているとして、外部から、それを止めるように請求することを認める規定ではない。
したがって、今回の日本郵政からの抗議のように、昨年4月に放送した番組に続く「第二弾」の編集の過程で、その番組の準備としての取材に対して、取材される側が、NHKの会長に直接是正を求めた場合、個々の番組の編集のための取材の過程に会長が介入することは、放送法の趣旨に反するものであり、そこで放送法9条の訂正放送の制度を持ち出すのは的外れだ。
また、鈴木氏は、公式ツイッター上の動画の削除を求めたことも、「訂正放送制度」によって正当化されるかのように言っているが、公式ツイッター上の「動画」は、NHKが行う「放送」ではないので、そもそも放送法9条による訂正の対象ではない。
日本郵政の鈴木副社長が中心となり、放送法を盾にとってNHKへの要求を繰り返したことの方が、放送法の趣旨に反していると言うべきであろう。
鈴木氏の「NHK暴力団」発言
ところが、鈴木氏は、このヒアリングの終了直後、記者団に対して、
取材を受けてくれるなら動画を消す。そんなことを言っているやつの話を聞けるか。それじゃ暴力団と一緒でしょ。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならもうやめてやる、俺の言うことを聞けって。ばかじゃないの。
などと発言したと報じられている(朝日など)。
NHK側は、日本郵政側に「取材を受けてくれるなら動画を消す」と言ったことを否定しており、前提事実にも疑義があるが、それ以前の問題として、鈴木氏が放送法を盾にとってNHK側に要求していること自体が、「因縁」に近いものであり、それによって動画を削除させたことの方が、よほど「暴力団的」なやり方である。
総務省で放送法を所管する立場での職務経験が長く、「放送法コンプライアンス」をわきまえているはずの鈴木氏が、それに根本的に反する行動をとり続けていることは、由々しき問題である。
郷原 信郎 弁護士、元検事
郷原総合コンプライアンス法律事務所