前回の記事で書いたように、キヤノンは、御手洗冨士夫CEO(84)の長期政権による度重なる経営判断ミスにより、相当に追い込まれている。技術の目利きができない冨士夫氏が権力にしがみついていたため、キヤノンは長期間に渡り、新規事業の創出ができなかった。
そこで、M&Aで医療機器や監視カメラなどの会社を傘下に収めることで危機を乗り越えようとしている。しかし、今のところ、このようなM&Aがシナジー効果を発揮しているようには見えず、業績に貢献しているとは言い難い。
キヤノンに残された強みを冷静に見てみよう。
私は、カメラへの関心を失っている冨士夫氏とは違い、現在もキヤノンに残っている強みを活かして、少しでもカメラの業績の挽回に努める方が得策と思っている。M&A後のPMI(Post Merger Integration)は簡単ではないからだ。
まずやらなければならないのは、1日も早く、フルサイズミラーレス一眼の旗艦機を市場に投入することだ。2021年とされる市場投入のタイミングを、少しでも早くできるように、経営資源を集中投下すべきと私は考えている。
その他にやってみる価値があると私が思うのは、他社が発売した新しいコンセプトの製品の完成度を飛躍的に高めて、高価格で販売することだ。キヤノンが手がけていない、新しいコンセプトの製品は、まだ完成度が高いとは言い難い。キヤノンのカメラの良いところは、「撮影者が狙った通りに間違いなく撮れ、失敗する確率が非常に低い」ことだと私は認識している。
私が、実際に購入して使っている、キヤノンが手がけていない分野の製品をいくつか紹介しよう。
1. アクションカム
ドローン最大手として有名な中国DJIの「OSMO ACTION」と、ソニーの「HDR-AS300」を使用して、私は動画を撮影している。私は、今年4月に「鉄道博士」としてYouTuberデビューした。主戦場を写真から動画に移し、来るべき5G時代に備えて、様々な映像表現を試している。
「OSMO ACTION」で撮影した動画「乗客ゼロ?【空気輸送列車の旅】熊出没危険地帯わたらせ渓谷鐵道間藤発足尾行に乗車」のこのシーンでは、DJI「OSMO ACTON」を使用している。
また、「【爆速】超高速通過映像東海道新幹線小田原駅N700A 通過30連発!!」という動画のこのシーンでは、ソニーの「HDR-AS300」を使用している。
「OSMO ACTION」も、「HDR-AS300」も、キヤノンの高級コンパクトデジタルカメラ「PowerShot Gシリーズ」と比較すると、撮影に失敗する確率が高い。また、イメージセンサーが小さい(「OSMO ACTION」は1/2.3インチ、「HDR-AS300」は1/2.5インチ)ので、1インチ程度のイメージセンサーよりダイナミックレンジが狭く、暗い部分は階調が潰れて真っ黒に写っているし、明るい部分は白く飛んでいることが、動画を見れば一目瞭然だ。
操作性をキヤノン基準に高めて、高級コンパクトデジタルカメラでよく使用される1インチのイメージセンサーを採用したアクションカムなら、今のキヤノンの経営資源で十分開発できると思う。
2. ドローン
私は、昨年、DJIの「Mavic 2 Pro」という、高級カメラメーカーとして有名なスウェーデン・ハッセルブラッド製の1インチセンサーカメラを採用したドローンを購入した。「Mavic 2 Pro」より前の1インチセンサーを搭載したモデルより小型になり、カメラの描写力が向上したのが購入の決め手だった。
確かに、前のモデルよりも確実に進歩していることはわかるが、操作性が煮詰められているとは言えないし、未熟な点も数多い。DJIはドローン業界ではダントツの世界シェアトップメーカーなので、今更キヤノンがドローン市場に参入しても勝ち目はないと思うが、DJIにキヤノン製のカメラを供給したり、操作性を向上させるノウハウを有償で供与したりすることで、キヤノンがマネタイズできる余地はあると思う。
3. 全天球カメラ
私は、リコー「THETA Z1」という、1インチセンサーを採用した全天球カメラを購入した。全天球カメラの中では、現在、最も高性能だと思う。操作性はアクションカムやドローンと違って、真面目なリコーらしく、かなり良い。
しかし、性能が物足りない。SDカードを挿入することができず、わずか約19GBの内臓メモリーに記録しなければならないため、動画の記録時間は4Kで約40分、2Kで約130分と短い。私は、アクションカム「HDR-AS300」では、主に512GBのSDXCカードを使用しているので、短さが際立つ。
もちろん、SDXCカード対応の1インチセンサーを採用した全天球カメラには、高い放熱性能が求められるはずなので、リコー「THETA」シリーズのような小ささを実現することは不可能だが、筐体を縦長にするなどの工夫をすれば、なんとかなるのではないだろうか。
長期間に渡って、経営判断ミスが続いたキヤノンに、起死回生の逆転満塁ホームランのチャンスは存在しないと思う。現実を直視し、顧客の声を反映した製品づくりが、キヤノンに利益をもたらすと私は考えている。
長井 利尚(ながい としひさ)写真家
1976年群馬県高崎市生まれ。法政大学卒業後、民間企業で取締役を務める。1987年から本格的に鉄道写真撮影を開始。以後、「鉄道ダイヤ情報」「Rail Magazine」などの鉄道誌に作品が掲載される。TN Photo Office:Amazon著者ページ