遂にというか漸くというか、曺国(チョ・グク)法相が辞任した。14日午前に検察改革案を発表した直後の午後2時とは!まさに電撃辞任。既にアゴラでも高永喆氏が、辞任のきっかけは「夫人のノートパソコンを13日に検察が差し押さえた」ことなど、興味深い投稿をなさっている。よって本稿では韓国各紙の報道ぶりや関係者の談話などを論(あげつら)ってみたい。
筆者が初めて朝鮮日報の辞任報道を見たのは14日16時過ぎ。16:17の記事にこうあった。
文大統領は同日、チョ長官辞任発表から1時間後に招集した首席・補佐官会議で「今回韓国社会は大きな鎮痛を経験した」とし「その事実だけでも大統領として国民に非常に申し訳ない」とした。文大統領は「私はチョ国法務部長官とユン・ソギョル検察総長の素晴らしい組み合わせによる検察改革を希望した。夢のような希望になってしまった」と述べた。
次にハンギョレと東亜日報を見たが関係記事は見当たらない。が、中央日報は14:41に一報を報じ、16:11に以下の報道を載せた。
(文大統領は)「チョ・グク法務部長官と尹錫悦検察総長の幻想的な組み合わせによる検察改革を望んだが、夢のような希望に終わってしまった」とし、このように述べた。冒頭発言の最後に「我々の社会には大きな陣痛があった。その事実だけでも大統領として国民に非常に申し訳ない気持ち」と述べ、繰り返し遺憾を表明した。
読み比べで筆者は苦笑いしてしまった。というのも、朝鮮日報の「鎮痛」と中央日報の「陣痛」はおそらくハングル特有の同音異義語を朝鮮日報が誤訳したに違いないと思ったからだ。そこで「鎮痛」と「陣痛」とAI翻訳に入れてハングルに翻訳してみると、案の定、両方とも「진통」だった。
15日のハンギョレ社説が「韓国社会が多くの産みの苦しみを味わい」と書いているので、文氏はきっと「陣痛」と述べたのだろう。また、曺法相と尹検察総長の組み合わせも各々「幻想的」や「素晴らしい」と書かれているが、聯合ニュースは「見事な組み合わせ」と表現している。
文大統領は10月9日、「573年前のハングルを創製した世宗大王の愛民精神と日帝強占期にハングルを守った独立運動家たちの精神を反芻する」、「日帝の強制占領期にはハングルを守ることが、すなわち独立運動だった」とし「ハングルだけが私たちの考えを完全に表わすことができる」などと述べた。
だがハングルには3月の拙稿「ハングル史:福沢諭吉とバードが期待しすぎた韓国人の教養」に書いたような歴史や特性がある。その特性の故にこの種の混乱が生じたとすれば、諸々の日本側の発信が正確なニュアンスで伝わり得るか、との懸念を筆者は持つ。福沢の提唱した「漢字ハングル書き下し」の再検討を改めて勧めたい。勿論、漢字は簡字体でも結構だ。
それにしてもハンギョレの日本語版初稿が14日22時過ぎ、また東亜日報に至っては15日正午現在、関係記事の掲載がないのはどうしたことだろう。青瓦台の応援団ハンギョレが余りの驚きで固まってしまったらしいのは解るとして、保守とされる東亜日報にとって格好の反撃材料と思うのだが。
各紙の論いはこのくらいにして、関係者の談話に転じる。まず張本人の曺国氏はおおよそこう述べた。
家族の捜査のため国民に本当に申し訳なかったが、長官としてわずか数日間でも仕事をして、検察改革のために最後に自分の任務を果たして消えるという覚悟で一日一日を過ごしてきた。だが思いもよらないことが起きた。自分の役割はここまでだと考える。理由を問わず、国民の皆様に申し訳なかった。特に傷ついた若者たちに本当に申し訳ない。全て(肩の荷を)降ろし、一市民に戻って人生で最も苦しい時間を過ごしている家族に寄り添いたい。
「家族の捜査のため」や「思いもよらないこと」などという辺り、もう保身?と落胆してしまう。法相指名から2ヵ月余り、本人を含めた曺一家の疑惑は連日報道されているし、無駄に長い聴聞会の前に、尹検事総長が与党幹部に「チョ候補の問題が深刻」と伝えていたと15日の中央日報が報じている。すんなり「一市民に戻」すようでは韓国が世界から笑われよう。
文大統領に対してハンギョレは、「韓国社会が多くの産みの苦しみを味わい、国民に対して非常に申し訳ない。意義があったのは、検察改革と公正の価値、言論の役割を深く考える大切な機会になった」と大統領は述べたが、「機会は平等で、過程は公正で、結果は正しいもの」という就任挨拶が実現されているのかという若者の叫びに責任をもって対応し、世論の流れを謙虚に受け入れ、多数の国民の支持を受けて国政を運営していく姿勢を持つことを願う、と珍しく批判した。
中央日報には文大統領が検察に対し「検察が自ら改革の主体という姿勢を維持していく時、検察改革はより実効性が生じるだけでなく、今後も検察改革が中断なく発展していくという期待を抱くことができる」と述べ、メディアに対しても「メディアが自らその切迫感について深く省察し、信頼されるメディアのために自ら改革のために努力するよう求める」と語ったと書いてある。
つまり、文大統領は、相変わらず検察とメディアには注文を付けるものの、同記事が「しかし文大統領はチョ長官の指名と任命の適切性には言及しなかった」と書くように、例によって自分自身の任命責任には触れず、謝罪するのみだ。
これについてハンギョレは、政治コンサルティング「ミン」のパク・ソンミン代表の「チョ長官の任命過程で、納得しがたい決定を下した人物らに対する責任の追及が必要だ。そうしてこそ失望した国民の信頼を取り戻すことができる」との発言を載せ、野党に対し文大統領の責任追及を促した。
最後に、曺長官が辞任前に発表した検察改革だが、共に民主党のイ・イニョン院内代表は「全ての野党に正式に提案する。残りの15日間で、与野党が検察改革法案の処理に合意できるよう、最善を尽くしてほしい」と述べたことが報じられている。
つまり、迅速処理に関して選挙制度改革法案より検察改革法案を先に処理することを公式に提案したということ。だが報道を見る限り、曺氏は「7地域にある特捜部のうち、ソウルと大邱、光州の三つの特捜部を残し、残りは廃止する案を発表した」とあり、「検察特捜部の縮小や名称変更などを行うための規定改定を15日に閣議決定する」とのことだ。
曺氏が「最後に自分の任務を果たして消えるという覚悟で一日一日を過ごしてきた」という割にはこの程度かと思う。それよりも選挙制度改革は、少数野党には有利だが最大野党の自由韓国党に不利な内容とされる。今や30%代の半ばで支持率が拮抗する与党と最大野党、こちらを優先すべきではあるまいか。
世論調査の支持率といえば、文大統領自身の支持率も調査によっては30%台まで落ち込んだそうだ。3日の光化門デモでは曺氏の弾劾のみならず文大統領糾弾も叫ばれた。朴槿恵弾劾を振り返れば、低支持率とろうそくデモが引き金を引いた。曺氏に続いて文氏は何時か?とは、誰しもが思うことだろう。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。