東京オリンピックのマラソン会場の札幌移設案が、いつの時点でIOCから開催都市の東京都に打診されたのか。まさかとは思ったが、小池知事にとっても本当に「寝耳に水」のことだったようだ。
当初の報道があった16日深夜の時点で、小池氏はコメントを出し、「今回の突然の変更には、驚きを感じるところです」(朝日新聞デジタルに談話全文)などと唐突だったことを匂わせていたが、一夜明けた17日の囲み取材では、IOC調整委員会のコーツ委員長からの通告があったのが発表直前だったことを明らかにした(参照:日刊スポーツ)。
東京都はすでに都民の税金300億円を投入してマラソンコースに遮熱性舗装を整備するなど準備を進めてきた。筆者は小池都政を散々批判しているが、この問題については、都民の一人として、IOCの開催都市を愚弄するような一方的なやり口には強い違和感を覚える。小池氏は怒ってもよい。
しかし、憤懣やるかたなくなって、冷静さを欠いて致命的な政治的失言をするのはまずい。この日出席した連合東京の定期大会で挨拶した際、よりによって丸山穂高氏がこの夏にやらかした「北方領土」案件に触ってしまった。朝日新聞によると、
涼しいところでというのなら、『北方領土でやったらどうか』くらいなことを連合から声を上げていただいたらと思うわけです。
と発言してしまったという。これにはプーチン氏のお友達でもある森喜朗・東京五輪組織委会長も「きわめて無責任なことだ」と立腹したばかりでなく、元島民たちも激怒させてしまった。NHKの北海道ローカルで早速報じられている。
東京オリンピックの猛暑対策としてマラソンと競歩の会場を札幌に移す案について東京都の小池知事は「涼しいところというなら、平和の祭典を北方領土でどうか」などと発言しました。これに対し北方領土の元島民でつくる団体の幹部は「領土問題がちゃかされている。残念な思いでいっぱいだ」と批判しました。
(出典:NHKニュース「都知事北方領土発言に元島民批判」)
丸山氏の戦争発言とは対照的な「平和の祭典」と言っても、元島民たちからすれば政治のおもちゃ扱いをされたようなもので、不快の極みだ。もし本当に祭典をやるのであれば、ロシアとの共同運営になり、当然のことながら向こうの実効支配を追認するようなもので、国会議員時代は保守タカ派で鳴らした小池氏としてはあるまじき不見識な発言だ。
とはいえ、17日夜までの報道を見ている限り、丸山氏の問題ほどには燃え上がる気配もないように見える。多少は同情の余地があるからだろうか。
しかし、小池都政を見てきた都民の一人として言わせてもらえば、小池氏自身が就任直後にオリンピックの経費削減でボート競技を宮城県内で実施する案を出し、IOC側は困惑。バッハ会長と一時対立した「因縁」がある。
何よりも「因果応報」だと感じさせるのは、豊洲市場移転の混乱だ。難癖をつけて移転を延期し、関係者が長い時間積み上げてきたものを、トップダウンでいきなりぶち壊される理不尽さというものを、今度は自分が味わっているのだ。
このままマラソンが札幌で行われるのであれば、小池都政では、市場問題で4000億円の損失を出して関係者を翻弄し、そして今度は自分たちがマラソン会場の移転で翻弄される側になって、300億円の整備費を無駄にしてしまう。
しめて4300億円は全て税金。豊かな東京都ならではの「都政史上最大のブーメラン劇」に唖然とさせられる。
新田 哲史 アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」