あいちトリエンナーレが終了したが、最後まで観衆にとって不自由な展示が続けられた。
会場まで足を運んでも、抽選に外れた観衆は鑑賞の機会を制限されるという不自由を味わうことになった。会場内では学芸員の説明を聞いたのちに作品を鑑賞したそうだが、これでは説明に引きずられてしまう。まっさらな気持ちで作品を観賞するという自由も制限されたのだ。
観衆の受けた不自由は作品を展示できた作家の精神的被害よりも大きいし、被害を受けた人数も観衆のほうが圧倒的に多い。知事は「上級国民」である作家の自由を、それよりも「下級」でしかない観衆の自由よりも優先したのである。
産経サイトに掲載された内藤記者の記事に、事務局が課した取材メディアへの注意事項に驚いたと書いてあった。冗談と思いトリエンナーレ公式サイトを見たが、本当だった。
誌面掲載、番組放送前に原稿を確認させていただいております。必ず校正段階での原稿・映像等を事前に広報専用メールへご提出ください。
これもメディアを「下級」と見なす姿勢としか読み取れない。
観衆によるSNSでの発信についても同様。検証委員会の中間報告は展示再開の条件に「写真撮影とSNSによる拡散を防ぐルールを徹底する」を付けた。大村知事の側に立っていたハフィントンポストの10月7日付記事にも「9日以降は、SNSに掲載しないという趣旨の誓約書を書いてもらったうえで、携帯電話などでの撮影は許可する予定という」とあった。他にも多くの記事が出ていた。一方、公式サイトにはSNS利用に関するアナウンスは一切掲載されていない(10月17日午後1時まで)。
そこで、僕はアゴラに10月8日に投稿し、「観衆が展示に関する感想や意見、賞賛や批判をSNSで投稿できないという意味だとすると、これは観衆の表現の自由を制限する」と批判した。そして、同じことをその晩のAbemaPrimeでも発言した。もちろん、番組開始直前まで公式サイトをチェックした上でだ。
AbemaPrimeでは過去番組の概要をAbemaTimesに掲載している。僕が出演した当日のネット記事に【お詫びと訂正】と付いている。これはトリエンナーレ事務局から抗議があったためだという。そのことがAbemaTimesの一番下に書いてある。
出演者が「賞賛や批判などの感想をSNSに投稿してはいけない」等と言及した内容を掲載しました。しかし、実際は展示の感想をSNSへ投稿することは禁止されていませんでした。
いくら情報を収集してもSNS投稿は禁止としか出てこなかったので僕はそのように発言した。繰り返すが、公式サイトにはSNS投稿を認めるという方針は未だに掲載されていない。それでも平然とAbemaPrimeに抗議し【お詫びと訂正】を掲載させる。大村知事と事務局の「上級国民意識」にはあきれるばかりだ。
山田 肇