2022年サッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会アジア2次予選H組の韓国と北朝鮮の試合が15日に北朝鮮・平壌の金日成競技場(5万人収容)で行われ、試合は0-0で引き分けに終わった。
だが、競技場には観客はなく中継もない試合だったことから、大韓サッカー協会ばかりか、南北サッカー試合を推進し、平昌冬季五輪大会のように南北の融和ムードが高まることを期待していた韓国大統領府の関係者も失望を隠せない状況だ。
韓国の聯合ニュースによると、青瓦台(韓国大統領府)は16日、「平昌冬季五輪の際、スポーツを通じて平和への道を開いたように、(今回の試合が)同じような役割を果たせるという期待を国民も持っていたはずだ。非常に残念に思う」と語ったという。
韓国側は事前に、北側から韓国のサッカーファン、試合を報道するジャーナリストの訪朝を拒否する旨を聞いていたが、北側が観客を動員し、競技場を埋めるだろうと密かに期待していたフシがある。結果は、北側は観客の動員令を出さず、競技場は平壌の気温のように「寒かった」(試合後の韓国代表選手のコメント)というわけだ。
サッカー試合では、ファンの暴動を恐れて無観客で試合をすることはあるが、中継はされるから、ファンはテレビの前で試合を追うことはできる。今回の南北対戦では無観客ばかりか、テレビ中継も禁止されていたため、試合後、関係者に聞く以外に試合の状況がまったく分からない、といった異常な事態だったわけだ。
南北融和という政治モットーを受け入れ、韓国側の申し出を受け入れてきた国際サッカー連盟(FIFA)のインファンティノ会長は失望感をあらわにしたという。当然だろう。南北対戦では北側から少なくとも4万人の観客が来るだろうと期待していたが、北側の観客はゼロ。現地で観戦したインファンティノ会長は観客の姿がないばかりか、報道関係者もいない競技場に不気味さを感じたのではないか。南北対戦は朝鮮半島の平和に貢献できる絶好のチャンスと期待していただけに、裏切られたような心情だったかもしれない。
南北サッカー協会間の打ち合わせが十分でなかったのか、それとも土壇場になって金正恩氏の命令で試合を観戦するな、ということになったのだろうか。後者の場合、韓国の文在寅大統領には大きなショックだろう。金正恩氏が文大統領主導の南北融和に関心がないことを物語っているからだ。
金正恩氏の立場から考えれば、トランプ米政権との非核化実務協議は失敗に終わり、米国の対北制裁の解除の見通しがたっていないだけに焦燥感もあるだろう。南北融和といったきれいごとの政治プロパガンダには辟易しているのかもしれない。
一方、文在寅大統領にも南北サッカー対戦に没頭できる余裕はない。自身の最側近、曺国前法相が就任1カ月余りで辞任に追い込まれたばかりだ。文政権への支持率も低下し、国民経済は明らかに低迷してきた。南北サッカー対戦試合がうまくいくかどうかに心が動かなくなってきた、というのが現実だろう。
北朝鮮での南北チーム対戦の“犠牲者”は29年ぶりの南北試合という掛け声で動かされてきた大韓サッカー協会とFIFA関係者だろうか。平昌冬季五輪大会でも同じような犠牲者が出たことを思い出す。アイスホッケー女子合同チームだ。南北の政治家やスポーツ官僚たちは、「五輪史上初めて南北合同チームが結成された」と大喜びだったが、結果は悲惨だった。
特に韓国側のアイスホッケー女子選手たちの間には、「アイスホッケーという集団スポーツではチームワークが要だ。大会数週間前の即製チームでは勝てるはずがない」といった不満の声が聞かれた。勝敗にこだわる本来のスポーツ精神を無視したスポーツ官僚、ひいては政治家たちに対し、選手たちの無言の反発心があったのかもしれない。選手たちはやる気を失っていった。韓国中央日報は南北合同チームの試合を「無気力な試合」と表現していた(「アイスホッケー女子:ドラマは生まれなかった南北コリアの日本戦」2018年2月15日参考)。
政界には政治のルールがあるように、スポーツ界でも同じだ。政治がスポーツ界の勝負の世界に関与し過ぎることはスポーツ選手にとって不幸だろう。南北サッカー試合は引き分けに終わったが、無観客、中継なしの試合は南北融和ムードに水を差す結果となったことは疑いがない。特に、南北融和路線の掛け声の主、文在寅大統領にとって、曺国前法相の辞任に次ぐ、大きな政治的敗北となったことは間違いないだろう。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年10月18日の記事に一部加筆。