トルコのシリア侵攻の陰で…トランプはやはり危険人物だ

トランプ米大統領は危険人物。それは彼の言動だけでなく、それがもたらす結果がどのような方向に展開するのかまったく不可解だからだ。特に、彼の外交は矛盾と突飛さが目立つ。それについて行けないとしてこれまでも3人の閣僚が辞任している。マティス国防長官、マクマスター国家安全保障担当補佐官、ケリー主席補佐官である。

今月トルコ軍がシリアに進攻を開始した要因をつくったのも彼の誤った外交判断からだ。トルコのエルドアン大統領は米国に対してクルド人部隊との関係を断って「平和の回廊」の構築に協力するように要請して来た。

トランプ、エルドアン両大統領(White House/flickr)

トルコと国境を接するシリア北部に幅30キロ、長さ480キロにわたって安全地帯を設けることである。そこにシリア紛争でトルコに避難している凡そ360万人のシリア難民をこの安全地帯に移住させるというプランである。それは同時にトルコ人口の20%を構成するクルド人がシリアのクルド人部隊の影響を受けて独立機運を高めさせない為でもある。

この安全回廊の建設には270億ドル(2兆9000億円)の費用が掛かると推定されている。移住した人たちが生活できるための病院、学校、礼拝所から始まって生活費を稼げる産業も必要となって来る。
(参照:elconfidencial.com

エルドアン大統領からのこのプラン構築のための要望は12月にもあった。同月14日、トランプ大統領はトルコのエルドアン大統領と電話会談をしている。その内容は次の通りであった。

エルドアンは「米軍がシリアに駐屯しているのはイスラム国を打倒するためだとあなたは再三言って来た」「イスラム国は彼らがいた領土で99%崩壊している」「(それでも)なぜ(米軍は)留まっているのか?」と尋ねたという。

これに対し、トランプは 「ミスターボルトン(大統領前補佐官)、エルドアン大統領が言っていることが本当だとしたら、なぜ我々は今もそこにいるのかね?」とボルトンに質問した。

ボルトンはそれに答えて「その通りです。しかし、我が国の国家安全担当チームはイスラム国に対する勝利は継続したものであるべきだと考えております」「彼らの領域だけでの打倒だけでは収まらないのです」と述べたとされる。(参照:elperiodico.com

実際、この電話会談の5日後にトランプはシリアからの米軍の撤退を発表したのである。この撤退について事前に当時のマティス国防長官を始め大統領補佐官との相談はなかった。(参照;institutodeestrategia.com

米軍を撤退させるという重大事項を少なくとも国防長官には事前に相談しておくべきであった。それを実行しなかったということが起因となってマティスは国防長官のポストを辞任した。トランプの突飛さを表した一面であった。

そもそもシリア紛争の発端について説明しておく必要がある。事の起こりは北アフリカのチュニジアで起きたジャスミン革命である。アルジェリアの独裁体制が続く中で民主化を求める動きだった。この革命は周辺諸国にも波及してそれが一般に「アラブの春」と呼ばれるようになった。

この民主化への動きはスンニ派のムスリム同胞団によってシリアまで波及。勿論、それを仕組んだのは米国CIAであった。シリアはハーフィズ・アサド(現大統領バジャール・アサドの父親)の時代からバアス党による独裁政治が行われていた。アサドはシーア派の少数派アラウィー派に属している。一方、多くの市民はスンニ派で占められている。

アラブの春の影響を受けたシリアでは反政府派の自由シリア軍(FSA)が中心となってアサド政権の打倒を要求して蜂起。それに隣国イラクでくすぶっていたイスラム国が介入。この動きを利用して欧米諸国ではクルド人の積年の夢であるクルド国家の建設を約束してシリア北部のクルド民族を欧米の代理人としてこの紛争に参加させたのであった。

シリア紛争が深刻な様相を呈するようになって、米国の当時のオバマ政権はクルド民族による編成部隊を支援する一方で、彼らに軍事訓練を受けさせるという名目と国内の治安を乱しているイスラム国の一掃を支援するという名目で2015年10月末に米国は少数の編成部隊をシリアに初めて派遣した。

事態が大きく変化するのはロシアが武力介入を同年9月に開始してからである。ロシアの軍事支援によって政府軍が勢力を盛り返すのであった。

以上の経過を辿ったこの紛争であるが、トランプ大統領は「米軍がシリアに介入した目的はイスラム国の打倒であった、そのイスラム国は駆逐された」というのを理由に米軍の撤退を突如発表したというわけである。(参照:elpais.com

そして今回またエルドアン大統領はトルコがシリアに進攻するのに邪魔となる地域に残留している米軍の撤退を要請すべく、トランプとの電話会談を申し込んだのであった。

それに対してトランプはこれまで米軍と協力して一緒に戦って来たクルド人民防衛隊(YPG)、シリア民主軍(SDF)やクルド民主統一党(PYD)に対して、トランプは「3年間私は我慢してきた。終わることのないばがげた戦争から出る時が来た」といって現地に駐留している2000人の米軍が引き揚げることを決定したのである。

勿論、それに対してSDFのコバニ・アブディ司令官は「背中をナイフで刺されたようなものだ」と言って米国の裏切り行為を批判した。。

それに対してトランプはクルド人は第二次世界大戦のノルマンディアでの戦いに連合軍に参加していなかったという理由を挙げてクルド人に背を向けた自らの正当性を主張しようとしたのである。理解に苦しむ彼の弁明であった。
(参照:elconfidencial.com

同様に米国の共和党のトランプ大統領を常に擁護して来たリンゼー・グラハム上院議員でさえもトランプのこの決定を批判し、また中東における米国への信頼は揺らぐと判断して民主党のクリス・バン・ホーレン上院議員と協力して両党が一緒になって強硬な制裁をトルコに課すことを決めたのである。

トランプ大統領の見識の浅さからもたらされた誤断からトルコとの関係は急激に悪化する方向に向かっている。と同時に中東における米国の信頼も失墜する可能性が高い。特に、これまで11000人の犠牲者を出してまでイスラム国の打倒に米軍と協力して来たクルド人部隊にとって米国への信頼は完全に失墜することになる。(参照:cronista.com

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家