スイスで「高齢者の犯罪」が増加

スイスといえば、日本人が1度は訪問したい欧州の国のひとつだろう。アルプスの小国は景色が美しく、治安が安定し、国民経済も豊かというイメージがある。実際、スイスは他の国と比較した場合、それは当たっている。卑近な例だが、同じアルプスの小国オーストリアと比べてみても、国民1人当たりの所得はスイスが高い。だから、スイスで稼いでオーストリアに住めばいいが、逆の場合、生活は少し厳しくなる、といった具合だ。

スイスのリゾート地アローザ(スイス政府観光局公式サイトから)

前口上はここまでにして、スイスで高齢者による刑法犯件数が増加してきたというニュースが入ってきた。スイス・インフォのニュースレターによると、60歳以上の国民の刑法犯件数が2011年から18年の間に30%増加したという。ただし、同時期、社会の高齢化もあって、60歳以上の国民の数が15%増加しているから、件数の増加率は少し下がる。それにしても、アルプスの中立国、経済的に恵まれているスイスで何が起きているのだろうか。

チューリヒ応用科学大学(ZHAW)犯罪防止研究所のディルク・バイア―教授によれば、60歳以上の国民の犯罪は侮辱、暴行、万引きが3大犯罪という。そのほか、過失傷害、詐欺、セクハラ、脅迫、名誉棄損、公務執行妨害などが多い。

重要な点は高齢者の犯罪動機だが、バイア―教授によると、他の年齢のそれと大きな違いはないという。①偶発性、②貧困、③社会的認知の欠如、④精神疾患、⑤社会環境だ。その中で興味がある動機は②の貧困だ。スイスでは65歳以上の貧国率は約15%であり、貧困が犯罪の主要動機とは受け取られていない。ちなみに、スイスでも様々な社会的支援や保障があるが、それだけでは十分ではないから、生活苦に陥る高齢者も出てくる。

スイス・インフォによると、④の精神疾患に関連するが、2018年に殺人で起訴された高齢者は22人、そのうち80歳以上は6人だ。認知症やパーキンソン病が高齢者の間で増加してきたが、さまざまな精神疾患が今後、高齢者の主要な犯罪動機となることも予想される。

先進諸国では高齢化、少子化は急速に広がっている。高齢者の犯罪件数の増加はある意味で当然かもしれない。バイア―教授は「高齢者の犯罪は依然、全体から見ればマイナーだ」と述べているが、今後、そうとは言い切れないわけだ。

これまで犯罪の増加といえば、青少年の犯罪増を意味した。精神的に不安定な一方、体は成長する。青少年を守るべき家庭は崩壊し、学業でも悩む若者が少なくない。年々、犯罪に走る若者の年齢は低下してきた。その一方、欧米先進国で高齢者の犯罪問題がテーマとなってきたわけだ。

スイスばかりではない。ドイツでも高齢者の犯罪問題がメディアでも話題となってきている。特筆すべき点は、「青少年の犯罪」も「高齢者の犯罪」でも、犯罪動機が「貧困」にあった時代は過ぎ、精神疾患、偶発性といった新たな動機が台頭してきていることだろう。

当方が住む欧州では、1人住まいの高齢者が多い。家庭は崩壊し、孤独に苦しむ高齢者は益々増えてきた。英国では孤独対策の関係省が設置され、ドイツでも同じような計画を聞く。周囲に家族はなく、1人住まいの孤独な高齢者の増加は犯罪増加の遠因ともなる。犯罪は時代、社会を反映する。スイス・インフォの「高齢者の犯罪増加」ニュースは深刻な内容を含んでいる。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年10月24日の記事に一部加筆。