米シェブロン、米制裁下のベネズエラから引くに引けない事情

白石 和幸

トランプ米大統領政権によって制裁に継ぐ制裁が科せられているベネズエラで今も事業活動を続けている米国企業のひとつが石油関連企業のシェブロンである。また引くに引けない事情もある。撤退すれば、その後をロシアか中国が占有することは間違いないからである。外貨が不足しているベネズエラにとってこの両国への負債の返済を原油の発送で相殺している。仮にシェブロンが撤退すればマドゥロ政権にとってそこで採油していた原油を返済に充てることができるようになり好都合となる。

Roo Reynolds/flickr:編集部

1976年に当時のカルロス・アンドレス・ペレス大統領によって石油企業は国営化された。それがベネズエラ石油公社(PDVSA)である。それで、シェブロンは事業を中断せねばならなくなった。しかし、90年代に原油価格が下落するとオリノコの油田地帯の開発に外国からの投資を募った。それでシェブロンも採油活動を再開したのであった。

ところが、1999年にチャベスがクーデターを起こして政権に就いて2000年代に入ると原油の価格は上昇しオリノコ油田地帯の開発はより重要度を増した。チャベスは2007年に政令を出して合弁事業においてPDVSAが過半数の株を取得していることという条件をつけた。ライバルのエクソン・モービルやコノコ・フィリップスはその条件を受け入れることができないとして同年にベネズエラから撤退。

当時のチャベス政権は国家の基幹産業は全て国営化させ、また合弁事業の場合はベネズエラの国営企業が過半数の株を取得するということを条件としたのである。それを踏襲したのがボリビアのエボ・モラレス大統領であった。彼らには外国企業は国の富を奪い国家の発展には貢献しないという懐疑心が強いことから外国企業との合弁事業は必要ではあるが必ず国営企業が経営権を握るというのがポリシーになっていた。(参照:bbc.com

因みに、エクソンモービルの場合は2012年にPDVSAが凡そ2億5000万ドル(275億円)を支払ったことで解決している。(参照:argentina.embajada.gob.ve

コノコフィリップスの場合は投資額がエクソンモービルのそれを遥かに上回るもので、国際仲裁裁判所(ICC)による裁定が今年4月に下った。PDVSAに対しコノコフィリップスに20億4000万ドル(2240億円)の支払いを命じた。当初、コノコフィリップスは200億ドル(2兆2000億円)の支払い請求をしていたという。
(参照:elpais.comtalcualdigital.com

またこの裁定でPDVSAの資産をコノコフィリップスが差し押さえる許可が下りたのに順じて、カリブ海のオランダ領ボネール島とシント・ユースタティウス島のPDVSAが所有する貯蔵ターミナルを押収した。前者には1000万バレルの貯蔵が可能で、後者にも同様の貯蔵ターミナルがある。

更に、タンカー船までコノコフィリップスに押収されることを恐れたPDVSAはカリブ海の領海区域から出るようにさせていたという。

カリブ海で押収出来る資産価値は6億3600万ドル(700億円)までにしかならず、要求している賠償金額には及ばない。(参照:elimpulso.com

コノコフィリップスによる差し押さえの影響でPDVSAの輸出量の25%に支障が出ることをベネズエラ政府は懸念していたという。

そして遂に、8月20日に双方で合意に達し署名から90日の間にPDVSAはコノコフィリップスに5億ドル(550億円)を支払う。そして残金は4年半の期間を設けて3か月毎に分割払いを行うというものである。コノコフィリップスもこの支払条件を受け入れて、国際仲裁裁判所を通しての訴えを退けることで了解したという。しかし、マドゥロ政権がそれを素直に支払うかという問題を残した。(参照:eluniversal.com

一方のシェブロンはチャベスの政令条件を受け入れて現在も原油とガスの掘削活動を続けている。もともと、シェブロンはその前身であるガルフ石油が活躍していた1920年代からベネズエラで採油を行って来た。即ち、ベネズエラとは100年の取引関係を維持して来たのである。その歴史の重みが残留を決定させたようである。

この条件を飲んでシェブロンはベネズエラに残留することを決めてPdvsaと4つのプロジェクトを実施して行くのである。Petropiar(シェブロン株所有30%)、Petroboscán(シェブロン株39.2%)、Petroindependencia、Petroindependienteの4つのである。

結局、シェブロンにとって効率良いプロジェクトとなっていたのはPetropiarだけで、採油した原油を米国の沿岸地帯の精油所に送っていた。このプロジェクトの効率の良さがシェブロンがベネズエラに残留する重要な要因になったとされている。

Petroboscánの場合はシェブロンの前身であるガルフ石油が1946年に発見した油田地帯からの採油であるが、超重質油でミシシッピーの精油所に送ってアスファルトの原料となった。残り2つのプロジェクトは掘削の為の部品不足や人道上の問題から現在中断されている。

合弁事業の一番の困難はPDVSAがすべてをコントロールしようとしていることだ。しかも、トランプ政権による制裁の中での事業展開は危険を伴い容易ではなく、従業員の中には疲労感が表面化しており、シェブロンが撤退してくれることを望んでいる者もいるという。
(参照:alnavio.com

また、2018年4月には役員2名がベネズエラの諜報機関に2か月拘束されると言う事件もあった。

現在8000名の従業員を抱え、極度の経済危機にあるベネズエラにあって、シェブロンは彼らの雇用の維持に努め、その家族のためにも事業の継続を決めているという。

今年上半期は日量4万バレルの原油とガスを採掘した。(参照:cnnespanol.cnn.com

また、残留するためにシェブロンは今年上半期で280万ドル(3億800万円)を政治的裏工作の為に使ったそうだ。(参照:elimparcial.com

ところが、問題はベネズエラ側だけではない。シェブロンがベネズエラで事業活動を続けるにはトランプ政権から操業許可が必要となっている。今年7月25日には期限切れとなる寸前に延長許可が下りたが、それも10月25日に再び期限が切れが迫っていたがその2日前の23日に更新した。(参照:eluniversal.com

米国政権内でも対ベネズエラ強硬派のジョン・ボルトン補佐官が解任されて、シェブロンの事業延長に比較的柔軟な姿勢を示しているとされているスティーブン・ムニューシン財務長官とマイク・ポンぺオ国務長官の影響が前回よりも前に出ると見られている。

コンサルタント会社Verisk Maplekroffのラテンアメリカについての分析家のエイリーン・ガビンはベネズエラでのシェブロンの事業展開についての効率性について疑問を抱いているが、「現在まで存在している関係から領収せねばらない多額の請求書を抱えているはずだ」と述べた。それでも、シェブロンがベネズエラに残留することに関心をもっているのは疑いないとしている。未払金の回収と投資の成果を得る為にも残留が必要だということなのである。

また、シェブロンのレイ・フォー広報担当は「シェブロンはほぼ100年間ベネズエラに存在し続けて来た。それもエネルギー部門の責任ある発展を通して国の経済的そして社会的な発展をする為の努力を通してだ」「その為の投資も約束している。そして,我が社の存在に依存している労働者の偉大な力も授かっている」とBBCムンドの取材に答えた。

ベネズエラの外貨獲得源の90%は石油の輸出によるもので、嘗てその41%は米国向けであったという時代があったのである。しかし、現在は制裁で輸出できない状態にある。それでもシェブロンは今後も米国を代表する企業としてベネズエラでの残留を決めているようだ。

コルゲート、ジェネラルモーターズ、ケロッグなどの米国大手企業も消費の慢性的な減少とハイパーインフレの影響でベネズエラから撤退している中で、今も事業を続けているシェブロンの姿がそこにある。

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家