タニタの働き方改革は労働規制逃れ(偽装請負)になるのか?

10月29日の日経WEB「NIKKEI STYLE(出世ナビ)」に「タニタ働き方改革は労働規制逃れか-社長が疑問に回答」なる記事がアップされており、興味深く読みました。2017年から始まったタニタの働き方改革には賛否両論の意見が噴出しており、社長さんは「批判が出てくるのは織り込み済み」とにこやかにインタビューに回答されています。

日経の取材に応じるタニタの谷田千里社長(日経電子版より=編集部引用)

タニタの「日本活性化プロジェクト」と銘打った制度では、独立を希望する社員は退職し、新たに「個人事業主」として同社と「業務委託契約」を結び、それまで行っていた仕事を「基本業務」として担当する、とのこと。このシステムに「労働基準法違反ではないか」との批判の声もあるようです。

たしかに、社員だった人が、会社との間で「業務委託契約」を締結して個人事業者となった場合に、会社の使用者性が争点とされたベルコ事件の一審判決(札幌地裁平成30年9月31日)は、業務委託契約、代理店契約を締結している「支部長」さんの下で働く従業員との関係で、ベルコには「使用者性」はないとされました(2018年12月25日のベルコ2次判決も同旨、なお現在、札幌高裁で控訴審が係属しています)。

会社と支部長さんとの関係は労働契約ではないから、支部長さんのもとで働く従業員もベルコの労働者には該当しないということです。全国の労働組合は当該判決を批判していますが、労働者の労働時間制限が厳しくなった昨今の状況の中、企業側としては、この手法を多用するのではないかと予想しておりました。

しかし、今年7月、地労委(北海道労働委員会)の命令では、同じベルコの案件について、真逆の判断となりました。地労委は、会社と支部長との業務委託契約の中身について9項目ほど詳細に事実認定を行い、支部長のもとで働く従業員にも労働者性があるとして、会社の不当労働行為を認めています。

支部長やそのもとで働く従業員の働き方に裁量権があったとしても、実質的には歩合給制度に等しい、支部長に(仕事に関する)諾否の自由があったとしても、実質的には(ベルコとの)指揮監督関係が成り立っているとしています。事実認定の内容を読みますと、いずれも仕組み自体の問題ではなく、仕組みの運用上の問題が取り上げられています。このような地労委の判断が出た後に、高裁はどのような判断を下すのか興味が湧きますね。

ということで、タニタの働き方改革の手法について、「シロかクロか」といった両意見が出てくるのも当然のように思います。おそらく、仕組みだけをみても判断できない。その仕組みが日ごろからどのように運用されているのか、その運用上の問題こそ労務コンプライアンス、内部統制上のキモになると思われます。

仕事に関する裁量権、実質的な諾否の自由の有無など、日常の運用状況を把握しなければ評価は困難ですから、企業としても「運用状況のチェック」に関する相当なコストを要するはずです。また、そもそも働き方改革のなかで、就労形態の多様化、分節化が進んでいるので、業務委託と労働契約との垣根がますます曖昧になってきます。そうなると、会社としても「偽装請負」と認定されないために、日頃からの運用状況を厳格にチェックする必要があると考えます。

労働規制違反やハラスメントなどの労務コンプライアンスについては、できるだけ時間軸をもたせて対応する必要がありますね。「これはダメ、あれはセーフ」といった平面的な判断ではうまくいかないことが多いように感じます。本件のような業務委託契約の導入も、本当に社員を想ってのことか、それとも会社都合のために導入したのか、それは「運用」に如実に現れるのではないでしょうか。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年10月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。