パワハラ対策実践編:実態のわかるアンケートづくりにはコツがある

近藤 敬 弁護士(東京弁護士会、レイ法律事務所所属)

総論

今年5月、企業にパワハラ防止を義務付ける女性活躍推進法・労働施策総合推進法が成立して以降、テレビ、新聞、その他あらゆるメディアで「パワハラ」(パワーハラスメント)というワードを頻繁に目にするようになりました。

早ければ、大企業においては来年2020年6月にもパワハラを防ぐための措置などパワハラ対策が義務付けられることになり、中小企業においても2022年4月には義務づけられる見通しとなっています。

(関連記事:パワハラ防止法施行へ:やっぱり社内相談窓口が重要なワケ

写真AC

もはや「ウチはパワハラなんて大丈夫だ。」等と暢気なことはもう言ってはいられません。企業としては先ずは自社のパワハラの実態を把握するところから始めなければなりませんが、これが意外と困難な作業で頭を悩ますところです。

一般的には社内アンケートを実施する例が多いのですが、パワハラの実態把握のためのアンケートには実はコツがあります。

また、パワハラ対策として社内相談窓口の設置が有用であるとされていますが、現状、社内相談窓口がない企業もまだまだ多いです。

そこで、今回は、①パワハラ実態把握のためのアンケートのコツ、及び②社内にパワハラ相談窓口がない場合の対応について考えてみたいと思います。

① パワハラ実態把握のためのアンケートのコツ

1  アンケート実施に関するコツ

そもそも、パワハラの実態調査アンケートに回答するということは、自己の職場における否定的事項を報告することを意味するので、忖度してしまい、積極的な回答は得られにくい性質をもっているといえます。

また、上司からパワハラを受けた部下は萎縮し、率直な回答は期待できず、パワハラの実態把握も期待できない危険性を孕んでいます。

そこで、パワハラ実態把握のアンケート実施にあたっては、会社、特に社長が強いメッセージ性を打ち出していくことが重要となります。すなわち、自社として職場のパワハラを許さないという組織のトップのからのメッセージを掲げる事が有用といえます。

さらに、アンケートの回答は匿名で実施し、会社としては回答者を詮索しないことも重要です。仮に回答者が特定できたとしても、当該アンケートの回答内容によって回答者に不利益を及ぼすものではないことについて十分な説明をすることが重要といえます。調査の目的が明確になり、回答者が安心して率直に回答できる環境が整えば効果的にパワハラの実態把握が見込まれるといえます。

写真AC

一例としてアンケートの冒頭に以下のような記載をすることが考えられます。

「この度、パワーハラスメントのない働きやすい職場を、従業員の皆さんと一緒に築いていくために、皆さんが日頃働いている職場の実態を把握する目的でアンケート調査を行うこととなりました。より働きやすい職場をつくるためにも、忌憚のない御意見をぜひお寄せください。なお、回答内容は、アンケート集計担当者限りとし、回答者名等の個人名や部署名が行為者や職場の同僚に伝わることはなく、アンケートの回答内容を理由にあなた自身が不利益な取り扱いを受けることは一切ありません。安心してご回答下さい。」(厚生労働省ホームページ「あかるい職場応援団」より)

またアンケートの実施は一度限りではなく、何度も定期的に行うことでパワハラの実態が見えてくる場合も多いです。

2  アンケート項目を設ける際のコツ

アンケート項目は、主に① 回答者の属性を確認する項目、② 回答者のパワハラに関する知識レベルを確認するための項目、③ パワハラの実態を把握する項目があります。

① 回答者の属性を確認するための項目については、性別、年齢、雇用形態等を設けることが想定されます。これらの情報は、パワハラの実態を把握する上でアンケート調査の回答分析に有用となる一方で、あまりに詳細なものにしてしまうと回答者が特定されてしまい、率直な回答を得られなくなってしまう危険性があります。そこで両者のバランスに配慮して設定する必要があるといえます。

② 回答者のパワハラに関する知識レベルを確認するための項目は、「パワハラという言葉自体を知らない」「パワハラという言葉自体は知っているが内容はよくわからない」「パワハラという言葉も内容も知っている」という3つが考えられます。

③ パワハラの実態を把握する項目ですが、ア身体的な攻撃、イ脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言、ウ仲間外し・無視、エ不当に多い業務量を命じる、オ不当に少ない業務量を命じる、カ私的生活に過度に介入、等について「されたことがある」「したことがある」「見聞きしたことがある」「ない」といった回答を選択肢として設けることが考えられます。

いずれにしろ、派遣社員やパートタイマーなどを含め可能な限り多くの従業員を対象とするとともに、また、パワハラについて知識の乏しい回答者からも適切な回答が得られるようにするために、選択式の設問を多くし回答しやすいアンケート項目を作成することが有用といえます。

② 社内にパワハラ相談窓口がない場合の対応

社内にパワハラ相談窓口がない場合であっても、まずは人事部等社内で相談を受けてもらうことを検討し、それが困難な場合には外部機関への相談が考えられます。

写真AC

1  人事部等社内への相談

パワハラの相談については、まずは社内での相談を検討することが適切といえます。社内にパワハラ相談窓口がない場合には、一般的には人事部等の会社の労務関係を管理する部署に相談をすることが考えられます。当該部署の役職者が相談を行う相手として適任であることが多いといえます。特に退職を希望しておらず今後もその会社で勤務することを希望するような場合には、会社内での自浄作用を促すことにもつながります。

ただし、会社ごとに事情も異なりますので、専門の相談窓口がないこと自体が労働者にとっては悩ましい問題です。
また、そもそもパワハラ行為者がオーナー社長であるというようにパワハラを会社に相談することによる解決が性質上およそ困難という場合には、外部機関へ相談するしかありません。

2  外部機関への相談

ア 総合労働相談コーナー(各都道府県労働局)
各都道府県労働局にある総合労働相談コーナーではパワハラはもちろん労働問題に関するあらゆる分野について、労働者、事業主どちらからの相談でも、専門の相談員が面談あるいは電話で受け付けています。
また、都道府県労働局では、個別労働紛争について、都道府県労働局長による助言・指導や紛争調整委員会によるあっせんも行っています。

イ 労働組合
自社内で組織されている労働組合やその他外部の各労働組合では、職場のトラブル、労働問題の悩みについて相談を受け付けている場合があります。

ウ みんなの人権110番 全国共通人権相談ダイヤル
差別や虐待、ハラスメントなど、様々な人権問題についての相談を受け付ける相談電話です。電話は、おかけになった場所の最寄りの法務局・地方法務局につながります。

エ 全国社会労務士連合会
全国社会労務士連合会は職場のトラブル相談ダイヤルを開設し、労働問題の悩みについて電話で相談を受け付けています。

オ 法テラス(日本司法支援センター)
問い合わせの内容に合わせて、解決に役立つ法制度や地方公共団体、弁護士会、司法書士会、消費者団体などの関係機関の相談窓口を法テラス・コールセンターや全国の法テラス地方事務所にて、無料で案内しています。

カ 弁護士
弁護士による法律相談は、各市町村等が主催している相談会や各弁護士会が定期的に行っているものや個別の法律事務所が行っているものがあります。

上記アないしオは、無料または非常に安価に解決手続を相談でき、ある程度のアドバイスを得ることは期待できますが、全面的に相談者の立場に立って活動するものではありません。

一方、カの弁護士へ相談し正式に依頼した場合には、弁護士は法律の専門家として、依頼者に代わって、全面的に依頼者が有利な結果を得られるよう必要な活動をしていくことになります。ただし、一般的には弁護士費用は安いとはいえませんし、訴訟などを行った場合は時間もかかるという難点があります。

なお、AIG損保などの保険会社が、労災の上乗せ保険のサービスの一環で労務関係の相談窓口を設けている場合もありますので、確認してみるとよいでしょう。

このようにパワハラの解決をサポートする社外の機関や制度は複数あります。また、いったん外部の機関に相談してアドバイスを受けてから会社内の人事部へ相談するという方法もあります。様々なバリエーションがあるといえるので、どのような方法をとるかは事案ごとに見極めなければなりません。

近藤 敬(こんどう たかし)弁護士(東京弁護士会、レイ法律事務所所属)
大学卒業後、東京地裁で事務官、書記官として十数年働きながら弁護士を目指し、司法試験合格。現在は東京弁護士会に所属。書記官時代から労働事件を多数手がけてきた経験を生かし、厚生労働省の「職場におけるハラスメント被害者等に対する相談対応マニュアル」や「労働条件相談ほっとライン」の検討委員会」委員も務める。レイ法律事務所公式サイト


この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。

『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。