ビックリするようなニュースや腰を抜かすような情報はめったにないが、時には耳に入ってくる。今回聞いた話はそれを上回るショッキングな話だ。あの天地創造の神が女性神と離婚していたというのだ。酔っ払いや無神論者が神を信じる人間を驚かそうとして考え出した話だったら、「ああ、そうですか」と軽く聞き流すことができるが、ソースは著名なユダヤ教文化史専門家、クラウス・ダビッドビィツ教授でがウィーン大学の講義の中で語った内容だから、「ああ、そうですか」と済ますわけにもいかない。
同教授によると、ユダヤ教やキリスト教の全ての聖典は基本的には一神教を擁護する立場で記述されている。主なる神が「男性神」と「女性神」が存在するといえば、多神論の世界に入ってしまう危険が出てくるから、聖典記述者は極力、2性の神の存在について無視、ないしは排除してきた。しかし、女性神の存在は聖典の中には至るとことで見いだせるのだ。
考古学者ベルギーのネル・シルバーマン氏やテルアビブ大学のイスラエル・フィンケルシュタイン教授によると、シリアの砂漠で紀元前800年頃の石碑が発見されたが、そこには「イスラエル民族の神ヤウェとその妻アシュトレト」と記述されていたという。アシュトレトは多神教の信仰が広がっていたカナン(現イスラエルの辺り)の地に登場する女神の名前と同じだ。「エレミヤ書」では女神を「天の女王」と呼んでいる。ちなみに、旧約聖書では40回以上、アシュトレトが登場している。
ユダヤ教が今日のように一神教となるのはバビロン捕囚(紀元前586年~538年)から解放され、エルサレムに帰還してからだろう。ユダヤ人社会が中央集権的となり、首都がエルサレムに定着し、神殿が建設されてから、ユダヤ人は社会の安定と連携のために一神教が必要となってきたからだ、という解釈が成り立つわけだ。
ダビッドビッツ教授によれば、女性神は「生命の木」の下に男性神と共にいたが、堕落してからは追放された。女性神はその後、聖典には“淫乱の神”として登場する。旧約聖書の「ホセア書」には神が伴侶の女性神と離婚したことが示唆されているという。
ホセアはアモスの後に登場する預言者だ。彼は偶像礼拝を厳しく批判している。なぜならば、別の夫と交わることは姦淫を意味し、宗教的にはユダヤの主なる神から離れて、異教の神と交わることを意味するからだ。
例えば、「ホセア書」第2章には「彼女は私の妻ではない。私は彼女の夫ではない。彼らの母は淫行をなし、彼らをはらんだ彼女は恥ずべきことを行った」と記述されている。ルター訳聖書では、神の妻を「売春婦」と訳していたほとだ。
敬虔なユダヤ教徒、キリスト信者、イスラム教徒が「神は離婚歴があった」と聞けば、「神を冒涜する者よ」と受け取られ、時代が時代であったならば、火あぶりか十字架に処刑されていたかもしれないだろう。
参考までに、考古学者の話によれば、ユダヤ人が誇るダビデ王について「ダビデのハウスと明記した遺跡が1993年に発見されたことから、ダビデ王が実際存在した王であったことが実証されたが、イスラエル民族をエジプトからカナンに導いたモーセの存在は考古学的にその存在を実証するものは見つかっていない。もちろん、将来見つかるかもしれないが、現時点ではモーセの存在は不明だ」と説明する。
フィンケルシュタイン教授によると、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の3大一神教の祖、アブラハムの存在も実存した人物ではなかった可能性が高いという。
「神の離婚話」に戻る。神は男性神と女性神だという話は旧約聖書の創世記を読めば解釈できる範囲だ。聖書の記述者は「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」(創世記第1章27節)と記述し、神にも男性と女性の2性が存在することを示しているからだ。ただし、その女神の運命については、興味深いが、旧約聖書の多くの出来事や登場人物がそうであるように、それを実証することは難しいだろう。
神が離婚歴を有しているとすれば、「神の再婚はいつ」といった週刊誌的なテーマも飛び出すかもしれない。もし「神が離婚していた」という話を裏付ける証拠なりが近い将来、発見されれば、一神教の世界は大きく揺れるだろう。世界の宗教のコペルニクス的転回が生じるわけだ。
最後に、「神に妻がいたか」(Did God have a Wife ?)の著者、米国の考古学者ウィリアム・G・デーバー氏は、「女性は常に存在してきたが、聖書が女性を消滅させてしまった。考古学者はその彼女を再び生き返させているのだ」と述べている。
■
「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年11月2日の記事に一部加筆。