偽装お家騒動も!乾汽船 VS “令和の村上ファンド”

新田 哲史

近年は、政治ニュースを専門的に取り扱っている筆者だが、社会部記者時代には特捜部が村上世彰氏を逮捕した際に取材班にいたことで敵対的M&A案件に興味はあるほうだ。また、野球記者時代のご縁からロッテのお家騒動をメディアで解説してきた経緯もあり、その手の事案で「面白い」と思ったものはたまにウォッチしている。

そうした中で、一般的な知名度は今ひとつながら、久々に注目しているのが東証一部上場の乾汽船の事案だ。村上ファンドがおとなしくなった後、日本国内で一般メディアも注目するアクティビストやグリーンメーラーはあまりいなかったが、ここにきて“令和の村上ファンド”の異名を取る投資会社が出現した。

海運事業などを手掛ける乾汽船(HPより)

そして、この会社がいま、経営難にあえぐ乾汽船を標的に株の買い増しを進め、社長交代を迫るなどの攻勢をかけており、あす4日の臨時株主総会は「現経営陣VS“令和の村上ファンド”」のどちらが勝利するのか、ヤマ場を迎えようとしている。

(日本経済新聞)乾汽船、11月4日に臨時株主総会 投資会社の請求受け

海運・倉庫事業の乾汽船は7日、11月4日に臨時株主総会を開くと発表した。筆頭株主の投資会社アルファレオホールディングスからの招集請求に対応する。乾康之社長の取締役解任などを求めるアルファレオの株主提案に対しては、乾汽船側は反対意見を表明した。

アルファレオは乾汽船株を約28%保有(9月26日時点)し、6月の定時株主総会で配当増額などをめぐり会社側と対立した経緯がある。今回アルファレオは、役員報酬引き下げ、剰余金の配当、自社株買い実施など4議案を提案。乾汽船側は全てに反対を表明した。

もう一つ、企業買収、株式投資に関心のある人など向けには、経済ジャーナリスト松崎隆司氏による詳しい経緯の解説をどうぞ。上記日経記事にあるアルファレオを、“令和の村上ファンド”だとネーミングしたメディアの一つがまさに現代ビジネスだ。

(現代ビジネス)名門企業に社長解任を求めた“令和の村上ファンド”の「素顔」

バッファロー、シマダヤを傘下に持つ社長が背後に?

さて、日経記事だと「アルファレオ」などと書かれているのを見れば、なんだか新手の外資のハゲタカグリーンメーラーが出現したのかと思わせるが、登記簿を確認してみると、資本金100万円の合同会社に過ぎない。ところが住所地はNTTドコモの本社も入る溜池山王の山王パークタワーというから只者でないことがわかる。

牧寛之氏(バッファローHPより)

そして、同社の業務執行社員は株式会社マキスで、代表社員は同社の渡邊章行氏と記載されているが(ちなみ上記の松崎氏の取材は拒否)、アルファレオの閉鎖された登記簿も閲覧すると、設立した2015年の当初は代表社員、業務執行社員をともに牧寛之氏だったことが記載されている。

名前からして社名のマキスとの関連を想起させるが、この牧氏、上記記事でも指摘されるように、通信機器大手のバッファローや「流水麺」でおなじみのシマダヤを傘下に持つメルコホールディングス創業者を父に持ち、現在はメルコの社長を務めている

ちなみに、マキスとバッファローとの関係性は閉鎖登記簿にも示唆される。マキスの本店住所が一時期置かれていた中央区新川のそこはかつて山一証券の本社があったことで知られる茅場町タワーなのだが、そこにはバッファローの東京支店も以前オフィスを構えていた(現在は東京駅前に移転)。

現代ビジネスの記事によれば、牧氏は十数年、投資事業家として活動してきた。アルファレオの現在の社長の渡邉氏はメルコの広報担当者だったというから、今でも牧氏が実質率いているとみられている。

そして今回の案件。投資活動として、乾汽船が旧イヌイ倉庫時代から持つ湾岸地域の不動産価値に着目。株の買収を進め、社長の交代を要求しているというわけだ。乾汽船、アルファレオ(≒マキス、牧氏)サイドのどちらの言い分に理があるのか拙稿では立ち入らないが、観戦者としては、アルファレオのアクティビストとしての「手口」が実に興味深い。

乾汽船「骨肉の争い」かと思いきや…

乾汽船はここまで何度か筆頭株主に躍り出たアルファレオ側に経営実態などについて質問状を送りつけているが、アルファレオのホームページ(11月2日時点)を見ると、会社概要などの説明はなく、トップページに掲載される情報は全て質問状に対する回答などだった。このことからしても、明らかに乾汽船を集中的に攻撃している姿勢が感じられる。

その「回答」の中身もなかなかえげつない(苦笑)。例えば、乾汽船が「当社が公表している経営の考えと相違する点を具体的に明らかにせよ」と求めたのに対し、アルファレオは、乾汽船の先代社長(創業者長男で現社長の兄、乾新悟氏)の時代と、現社長の乾康之氏就任後それぞれの株価チャートを比較掲出までして、「乾新悟氏こそが、企業価値の向上につき信頼できる経営者」などと、現社長をおろして乾新悟氏を復帰するように求めている。

はたから見ると一瞬、どこかのお菓子屋を彷彿とさせる創業家兄弟の骨肉の争いなのかと思わせるが、話はこれで終わらない。乾汽船が適時開示で出した反論を見ると、アルファレオが担ぎ出したように見えた乾新悟氏は、自筆署名入りの書面を公表し、驚くべきことが書いてある(太字は筆者)。

私は提案株主様と一面識もありませんし、当人である私の意思確認を何らすることなくみだりに名前が出されたことに対して当惑しております。

あたかも、お家騒動があるかの如く、背景を描きたいのかもしれませんが、私は乾康之を始めとする現経営陣が率いる乾汽船株式会社を熱心に応援する一人です。私の氏名を使った提案株主様の情報発信に抗議いたします。

いやはや、これはすごい。東証一部上場企業の経営権争いで、政界も目を丸くするような謀略、怪情報が乱れ飛ぶことはあるだろうが、ファンド側が根回しを全くせずにここまで完全に否定されるような社長交代の提案をしているというのはどういうことなのか。何か一般の投資家には想像もつかない裏の狙いがあるのか。本家の村上ファンドもびっくりものだろう。

果たして、臨時株主総会の行方はどうなるだろうか。

【追記:4日15:00】乾汽船の臨時株主総会が4日、都内の同社で行われ、アルファレオ側が要求した社長交代などの株主提案はすべて否決された。(参照:日本経済新聞

新田 哲史   アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」