フランス汚職政治家夫婦は「レ・ミゼラブル」のテナルディエ

山下 丈

バルカニー夫妻事件

10月22日、サルコジ元大統領は「即位礼」出席。パリでは、高名な刑事弁護士デュポン=モレッティ弁護人が「サルコジの盟友」の保釈を求めていた。28日、高裁は「一度目の」保釈を決定。だが、年末の控訴審までに「二度目の」保釈が認められるか未定である。

バルカニー夫妻(France24より:編集部)

パリ西郊オードセーヌ県ルバロワ市長夫妻は、脱税で禁固4年と3年、マネーロンダリングの罪で5年と4年と二度の有罪判決。パトリック・バルカニー市長には「二度の収監命令」、同市助役の妻イザベルは健康状態から非拘束である。

サルコジの竹馬の友

サルコジは自伝『Passions』(L’Observatoire, 2019)にサインしながら、「二人が気の毒だ」、「彼とは幼馴染みだからね」と率直に語った。ハンガリー移民の父親同士からの交流で、若いサルコジは、ルバロワの隣ヌイイの市長だった。バルカニーは、先日亡くなったシラク元大統領とも折り合いが良く、シラクそしてサルコジの隠れた金庫番だった。

裕福に生まれた罪か

バルカニーの父は、アウシュビッツを出ると米軍放出機材で財をなした。苦難を忘れず、スーツケースの金塊とスイスの銀行口座に蓄財した。イザベル旧姓スマジャは、裕福なユダヤ系チュニジア商人の家柄で、文字通り「銀のさじ」を口に生まれた。夫婦はそれを強調。収賄など不要だし、海外の財産も遺産が形を変えただけで脱税の意図はなかったと主張、「富裕税」も払っていなかった。

反ユダヤのせいか

公判前、イザベルは服薬自殺をはかる。夫は「妻のツイッターに反ユダヤ投稿が殺到、見るなと言ったのだが」と、受難をアピールした。夫婦は30年間も市政を私物化、パリ郊外の工業地帯を住宅に変え、業者に便宜をはかってきたため、法廷では同情されなかった。

二人はテナルディエ

彼らは、「オードセーヌ県のテナルディエ」(本家は、パリの北セーヌ・ド・サンドニ県モンフェルメイユのテナルディエ)、「共和国のテナルディエ」(国民がコゼット)、「アフリカのテナルディエ」と呼ばれる(*)

(*)テナルディエ夫妻は『レ・ミゼラブル』の登場人物で少女コゼットを虐待する強欲な宿屋主人夫婦

旧植民地の独裁者がフランスの経済援助の一部を有力政治家に環流させるにつき、バルカニーの働きがあった。発端も、公共住宅汚職やアフリカ資金の運び屋として働いた側近の告発だった。以前、ディディエ・シュラーはバルカニーと共に起訴され、自分だけ実刑に服した。政界復帰の援助を求め無視され、告発本を出版(Davet & Lhomme, French Corruption, 2011)。予審は、6月に金融検察庁(PNF)を引退したヴァン・ルイムベク判事(JOC竹田前会長の聴取も行った)の担当だった。

裏切りのツインタワー計画

予想に反し、裁判での「汚職」は、サウジの大富豪モハメド・アル・ジャベールのセーヌ河畔ツインタワー建設計画(中止)での贈収賄に集中。契約と引換えに海外の別荘を得た疑惑だったが、証拠不十分となる。夫婦の主張通り、遺産の不申告とその資金洗浄だけが有罪になった。

カユザック夫妻事件

サルコジ後、オランド大統領が「富裕税」を導入。ジャン・バルジャン俳優でもあるジェラール・ドパルデューは憤慨し、仏国籍を捨てロシア国籍になった。税制改革の旗振りは、植毛外科医出身のジェローム・カユザック予算担当相である。2012年12月、メディアが大臣のスイス隠し口座を暴露。仏社会に与えた打撃は深刻で、金融検察庁創設の契機となった。

ジェローム・カユザック氏(France24より:編集部)

「現代最高の知識人(文春新書 帯)」エマニュエル・トッドは、「私でも、医者のくせに病気に罹った人びとの治療を目指すより、せっせと植毛クリニックの営業にいそしむカユザックのような人物に出会ったら、こいつは金の亡者に違いないと勘づいただろう」(堀茂樹訳「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる」132頁)と言った。彼は医院を皮膚科医の妻パトリシアに任せ、政治家として会う内外有名人など患者獲得に努めていた。

二人合わせてテナルディエ

求刑に際し論告官は、妻をボヴァリー夫人(フローベールの同名小説の奔放な医師の妻)、夫をラスティニャック(バルザック『ゴリオ爺さん』に登場する出世志向の法学生)、二人合わせてテナルディエと言った。デュポン=モレッティ弁護人は、「脱税で“ボヴァリー夫人”はちょっと、小説をもう一度読まれては」と応じた。

妻は自分の足を撃った

きっかけは夫の浮気で、妻は夫が国外口座残高を増やし、パリに愛人用マンションを持つと疑った。離婚と財産分与を申し立て、私立探偵を雇い調査させていたが、探偵の動きがメディアや当局の関心を招く。妻も海外富裕患者からの収入を隠しており、共に起訴された。

タンタンの冒険

妻は禁固2年で収監なし、夫は4年のうち2年は同様、残り2年は後刻審査になった。好印象をと、南米アマゾン仏領ギアナ奥地の村で1か月医療奉仕。カヌーでしか辿り着けないというので、エルジェ『タンタンの冒険 かけた耳』(福音館書店)表紙のタンタンにコラージュされた。

一般医への復帰

残り2年も、別荘のあるコルシカ島でGPS装着を条件に(最近カナダのファーウェイ副会長写真にあるような)、収監は免れた。中央医師界の一部が反対したが、9月20日、医師不足の地元医師会は復帰を受け入れる意向を表明。

フィヨン元首相夫妻事件

サルコジ政権時のフランソワ・フィヨン元首相は、オランド後の復帰を狙うサルコジに謀反、共和党の大統領候補となる。地味ながら謹厳実直なイメージで、マクロンやル・ペンより優位かと思われた頃、突然の公金横領疑惑。妻ペネロプと2人の子供を議会秘書に架空雇用、親しい実業家も妻に給与を払っていた。「ペネロプゲート」として報道が競われ、元首相はついに選挙戦撤退。彼らも、テナルディエと呼ばれた。実業家が贈賄を認め「有罪事前承認出頭(CRPC)」し、夫妻はいよいよ窮地に立つ。

フィヨン夫妻(France24より:編集部)

刺客は、サルコジが抜擢したラシダ・ダティ元法相とされる(本人否定)。かつて彼女は、「服は修道士を作らない(人は見かけによらぬ)」と、フィヨンを批判。前回のパリ市長選で、彼はナタリエ・コシュースコ=モリゼ元環境相(ポーランド独立運動の英雄コシューシコの末裔、東北大震災で訪日)を共和党候補に推薦、ダティを却けた。

来春の統一地方選挙

9月の打合わせで、フィヨン夫妻の公判は来年2月24日から3月11日と定められた。地方選投票日が3月15日と22日で、日程が近すぎという苦情は認められなかった。

パトリック・バルカニーの収監中、ルバロワ市の暫定市長は、妻のイザベルである。二人は10年の被選挙資格停止も二度言渡されているが、判決確定までは効力がない。夫は来春再立候補の意思があり、地元人気も高い。

ダティもパリ市長選に挑む(共和党候補は、11月6日に決まる)。「私はシンデレラでもコゼットでもなくて、ラスティニャックの生まれ変わり」。貧しい北アフリカ移民の2世で、修道院の援助で働きながら学んだ彼女が、首都の長を目指す。パリ市民に愛される特異な風貌の天才数学者ヴィラーニ議員も立候補表明していて、予断を許さない。

ダティはカルロス・ゴーン被告に気に入られ、オランダのルノー日産統括会社(RNBV)から報酬を得ていた。ゴーン夫妻と共にルノーの株主から告発され、10月22日には彼女のパリ第7区長事務所と自宅がPNFの家宅捜索を受けた。日本のゴーン裁判も含め、こうした登場人物が、来春、審判を受ける。

山下 丈(やました  たけし)日比谷パーク法律事務所客員 弁護士
1997年弁護士登録。取り扱い分野は、商法全般(コンプライアンス、リスクマネジメント、株主総会運営、保険法、金融法、独禁法・景表法、株主代表訴訟)、知的財産権法(著作権、IT企業関連)。明治学院大学法科大学院教授などを歴任。リスクマネジメント協会評議員。日比谷パーク法律事務所HP