11月6日に開かれた衆議院予算委員会で、筆者はある興味深い発見をした。アゴラ(『今井、柚木…「欠陥議員」を生む比例復活制度は見直しを』11月5日 新田哲史編集長)でもフォーカスされていた今井雅人議員(無所属、共同会派)の質疑を見てわかったが、議論を台無しにするテクニックにはパターンがあるのだ。
今井氏は常套手段(後述)を使って場外乱闘の罠をしかけ、獲物である安倍総理はいつも通り嵌ってしどろもどろの答弁を残してしまった(懲りない総理だ)。彼らの目的は有意義な議論をすることではない。真の目的は、「閣僚ないし総理大臣の失策・失言の誘発」であり悪質だ。ここで使われた「議論破壊テクニック」は、もはや「憲法違反状態」である。
この論考の前半では、今井氏の質疑をケーススタディとして彼らの常套手段である場外乱闘術を振り返り、後半で今後の国会運営に関する課題を抽出したい。
今井雅人議員の予算委員会質疑
まずは衆議院ビデオライブラリより当該予算委員会の質疑を引用し、起承転結で整理する。
起:印象論で論難開始
今井議員(以下今井):英語民間試験、萩生田大臣が「勧められる水準ではない」と思ったのはいつか?
萩生田大臣(以下萩生田):9月11日の就任会見の時に、この制度についての不安に触れた。実現可能な制度なのか精査して行きたいと申し上げた。(略)「勧められない」と10月31日に決断した。
今井:11月1日に発表したが、この日は共通IDの始まる日だ。判断が遅すぎたと思わないか?
萩生田:(実務面の事情から)一つのタイムリミットが11月1日だった。(略)「遅かった」との指摘は受け止める。
(この後今井氏は、迷惑をかけたから辞任せよと、飛躍した論理で迫って行く。)
いきなり印象操作である。
関連する事実について時系列で整理すると、
7月 2日 参加予定だったTOEICが脱退表明。これは制度の破たんを象徴していた。
9月10日 全国高校長協会が延期と制度の見直しを求める要望書を文部科学省に提出。
9月11日 萩生田議員が文部科学大臣に就任。
つまり、萩生田議員が大臣に就任するよりずっと前から既に大問題だったのだ。本来追及すべきは下村氏から柴山氏までの歴代文科大臣と文科省である。今井氏の難癖は続く。
承:怪文書で既に決着した難癖の蒸し返し
過日の辻元氏質疑を蒸し返して、
今井:この「ハギューダペーパー」。(筆者注:悪意のネーミング。)文科省で見つかったということは文科省の人が書いたということか?
萩生田:(書かれているような事実はなく)この文書について私はわかりません。
今井:誰かが作っている。私じゃありませんよ。
省略したが、今井氏は作者不明の文書を持ち出しておいて、萩生田大臣に作者を調べろとも要求しており、滅茶苦茶だ。ここで、せっかく萩生田大臣が無難にいなしているのに、今井氏の不道徳に怒った安倍総理が今井氏をやじったようである。(映像には映っておらず音声も確認できなかったが、安倍総理はやじるのを止めるべきである。これは「美しい国」の在り方ではない。)
しかし、総理のこの不用意な挙動を抜け目ない今井氏は見逃さなかった。いや、これこそが狙いだったのだ。事態が急転する。乱闘開始だ。
転:安倍総理へ論難が延焼
今井:(総理に向かって)「あなたが」ってちょっと失礼ですね(怒)!私がこんなもの作れる訳ないじゃないですか総理(怒)!失礼ですよ今の(怒)!
委員長:今井委員、恐縮です。質問をお願いします。
今井:この紙(ハギューダペーパー)を、私を指差して「あなたが作った」と総理が言った。謝罪してください!大変侮辱です。謝罪してください。
議長が状況を協議。しかしこの処置も下手だ。時間進行を止めていないので「速記を止めろ!」と猛烈にやじる余地を生んだ。乱闘拡大だ。4、5人の議員が集まり見苦しい混乱劇が始まる。
今井:時間!時間!委員長酷いよ!(:これは今井氏の結びにむけての伏線)
安倍総理:(しどろもどろに)「それは誰かわからないじゃないか」と申し上げた。今井委員の方を指差し、「それは誰だって可能性あるし、今井委員だって可能性がある」と申し上げた。誰が書いたかは、今井議員自身が明確に示さない限り、議論にならない。正に水掛け論になってしまうとつぶやいた。座席から発言したことについては申し訳なかったと思います。
今井:萩生田大臣に言われるならまだしも、なぜ総理に言われなくてはならないのですか?取り消してください。
安倍総理:萩生田大臣が答えようがないものを、文書がまるで文科省でつくられたものであるかの如き印象を与える質問をしていたから「それはちがうのではないか」と言った。”
結:被害者ポジション確保
今井:委員長にお願いしたいが、しばらく私は質問時間を奪われました。質問時間を返してください。
委員長:必要とあれば後刻理事会で協議します。
今井:そういうことを言うなら公平な運営をしているか疑問を感じる。今日のは許せない(怒)!
安定の被害者ポジション獲得の瞬間である。議論の禁じ手(曖昧な根拠と論の飛躍)を仕掛けて、場外乱戦(ヤジを掬い取ってテーマを逸脱した騒動)に引きずり込み、気が付くと被害者(今回は時間の被害)の立ち位置で議論の相手も進行者も巻き込んで問題を延焼させている。本題を論じる考えなど端からなかった。
目的は完全に達成された。
議論を枯死させる悪のテクニック4つ
1:蒸し返し…国会には一事不再理の原則が欠如している
「疑惑は深まった」と言って何度でも言いがかりをつけてはスキャンダルを蒸し返し、「論難の無限ループ」に持ち込み機能不全を起こすテクニック。刑事訴訟であれば一事不再理の原則があり、一度判決が確定したら同一事件については審理しない。何度でも難癖がつけられる国会の状況は憲法第39条違反状態であり、国会の欠陥の一つである。立法府と法曹界の怠慢ではないか。
〔遡及処罰、二重処罰等の禁止〕
第39条何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。”
(日本国憲法より抜粋)
2:根拠不明の疑惑で論難…捏造文書や噂を根拠に飛躍した論理で難癖
出所不明の文書や単なる噂や捏造記事を根拠に、飛躍した論理で相手を論難するテクニック。森裕子インシデントの時間変造資料でもそうだったが、誤謬も嘘も気にする必要はない。スキャンダルを歓迎するメディアと目立ちたい一部野党議員の思惑が合致し、醜いキャンペーンは国民が飽きるまで展開される。
3:感情を揺さぶり不規則発言を誘う
感情を揺さぶり思慮に欠ける発言を引き出しあげつらうテクニック。総理大臣達の目的達成を優先する不動心が問われるが、安倍総理はここに弱点がある。不規則発言と議長(委員長)の議事進行権限と能力のあり方の問題だ。
4:「無敵の被害者」ポジションを確保
自分から言いがかりをつけながら最後は、「○○された!」「○○を返せ!」と被害者ポジションに占位するテクニック。喚き・連呼することで、事情がよく解らない観戦者(一般国民)には「政府・与党は悪者」に見えることを狙った印象操作である。「問題が解決されること」こそが「被害者ポジションの消失」を招く問題であり、騒ぎ・論難し続けるためには問題は解決されてはいけないのである。
浮き彫りになった国会の課題
少なくとも、以下に掲げる4点が今国会で浮き彫りになった課題である。性善説に基づくかのような制度と、品位に欠ける議員の存在とのギャップをいかに埋めるべきか。
1:一事不再理原則の欠如
2:議員免責特権の限度(嘘に基づく議論等、犯罪的行為の除外)
3:議事進行権限の強度など議会運営の制度設計
4:国会閉会後、議事妥当性の検証(悪徳行為の抑制が狙い)
憲法改正、選挙制度見直し(比例復活問題)、国会改革など、もはや日本を司る諸機構の制度疲労は限界である。
国会は、自浄作用を発動して「万機公論に決す」精神を取り戻せ。
田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。