これから何が起きるかを知ることは難しいが、我々が生きている現象世界を観察することで何らかのヒント、ないしは予感を得ることが出来るものだ。イエスは2000年前、イチジクの木を例に挙げて、「イチジクの木からこの譬(たとえ)を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる」(「マタイによる福音書」第24章)と語り、時の訪れを知れと諭したが、インターネットで世界が結ばれている現代ならば、世界でいま、何が起きているかを観察すれば、近い将来を予測できるかもしれない。
2019年は終わりに近づいているが、世界各地でデモや暴動が起き、山火事が起きている。ボリビアで不法選挙容疑で批判にさらされたモラレス大統領がメキシコに亡命し、ベネズエラでマドウロ大統領とグアイド暫定大統領の間で権力争いが展開され、チリでは地下鉄運賃値上げに端を発した反政府デモでアジア太平洋経済協力(APEC)と国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)の国際会議を開催できなくなった。
フランスでは昨年11月以来、マクロン大統領に抗議する黄色ベスト・デモが続き、スパインではカタルーニヤ自治州の独立デモが続き、ルーマニアでは社会民主党(PSD)政権の腐敗に抗議する反政府デモが起き、香港では6月以来、逃亡犯条例改正案の撤回を要求して市民、学生がデモを行い、一部暴動化し、多くの犠牲者がでている、先日1人のデモ参加者が亡くなったばかりだ。
一方、今月に入りオーストラリア東部ニューサウスウェールズ州で山火事が起き、米カルフォルニア州では先月、キンケード火災(山火事)が発生。ブラジルでは9月、地球の肺といわれてきた世界最大のアマゾン熱帯雨林が燃え、スペイン北部カタル―二ャ地方で6月、山火事で最大2万ヘクタールが延焼した、といった具合で、世界各地で山火事が発生している。地球温暖化と山火事が関連があるのかは不明だが、地球が燃えだしているのだ。
上記の世界情勢や山火事は過去にもあったことだ。特別の現象ではない、と受け取る気の強い人もいるだろうが、やはり通常のこととはどうしても思えないのだ。不満と怒りが地に満ち、人々は為政者、政治家の腐敗、汚職、失政に対して、もはや我慢することはなくなった。彼らは路上に飛び出し、政府建物や議会に向けてデモ行進し、時には暴動化する。現代人は忍耐力を失ってしまった。
デモ行進する人々の怒りや憎悪が地に充満することで、社会は安定を失うばかりか、その怒り、憎悪は他にも感染する。例えば、韓国の文在寅政権は就任以来、反日政策を展開し、慰安婦像を世界に輸出してきた。憎悪という感情は他に波及しやすい。サムスンのスマートフォンで世界を結び付けるように、文政権が世界に発信し続けた憎悪というエネルギーは様々な形になって世界に拡大していく。
憎悪は他を傷つけるナイフのような武器だ。世界に愛が満ち溢れれば、人々は幸せを感じ、平和となるが、憎悪が広がれば、世界は混乱し、争いが生まれてくる。
イチジクの木の譬だ。オーストラリアの山火事を鎮圧するために戦っている消防士たちの姿がテレビで放映された。火は延焼する。燃える山林を見ていると、憎悪に狂う人間の怨念の凄さを想像してしまう。その怨念は山林だけに留まらず、町に広がり、人々の心を憎悪に駆り立てていくのを感じてしまう。
昔なら、せいぜい隣の村の状況が口コミで伝わるだけだったが、IT技術が広がる現代、地球の裏側の出来事も即、流れてくる。情報が迅速に伝わることで、地理的、政治的に全く関係がない地域の出来事が即、食卓に届く。ボリビアの出来事がウィーンにも伝わる。香港の青年たちのデモも詳細に放映される。そして同じようなデモや抗議集会が世界の他の地域に広がる。
イギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561~1626年)は「知は力なり」と語ったが、21世紀の現代、知るチャンスが増え、その情報量は飛躍的に増えたが、情報の受け手の心の安定を損なうケースが増えた。なぜなら、多くの情報は人に喜びを与えるものより、心の安定を乱し、不安をもたらすものが多いからだ。
欧州で極右政党が飛躍してきた。「ドイツのための選択肢」(AfD)やフランスの国民連合は国民に殺到する難民、移民への不安、恐れを煽る。極右党はその国民の不安を巧みに利用して選挙の度に飛躍してきた。コンピューターのない時代では極右政党の飛躍は考えられなかっただろう。
だからといって、目を閉じ、耳を塞ぎ、コンピューターやスマートフォンのスイッチを切って生きていけるだろうか。世界のグッド・ニュースだけを受信できるアプリを開発すればいいが、誰がニュースを鑑定し、発信するか、といった別の問題が出てくる。共産政権下で情報の管理、検閲が如何に非人間的かを既に体験済みだ。
良きニュースだけではなく、悪いニュースも聞き、香港のデモやボリビアの反政府デモのニュースを知り、世界に拡大する山火事のニュースを聞きながら、不安や不必要な恐れを感じなく生きていくためには強靭な精神力と信念が必要となる。
いずれにしても、世界で多発する「デモ」と「山火事」は、我々が生きている時代が大きな転換期を迎えていることを知らせているように感じるのだ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年11月14日の記事に一部加筆。