国会で議論すべき重大な岐路
安倍首相の「桜見の会」批判が政界、国会の最重要の問題になっています。厳しく追及しなくてはならない政治的失態であるにしても、それどころでない深刻な事態が進行しています。日本ばかりでなく、主要国で財政膨張派が勝利し、経済の基幹である財政節度が後退を強いられているのです。
それには国会は見向きもしない。野党ばかりでなく、テレビのバラエテー番組が大好きな「桜見の会」騒動は、安倍政権が反省し、運営方法を改善すれば、解決できる問題です。それに対し、財政節度派の敗退は将来世代にツケを先送りし、さらに経済を混迷に追い込みかねない重大問題です。
主要国、特に日欧にとって、かつてのような経済成長の時代は終わった。低成長の中で財政節度を守ろうとすると、歳出抑制や増税が必要になります。財政節度は選挙で不利になるので、痛み感じさせない金融政策に景気の維持の役目を押し付けてきました。与野党とも意に介さず、です。
その結果がゼロ金利、マイナス金利の長期化で、それも限界に近づいてきました。黒田日銀総裁が得意とした「異次元金融緩和よるデフレ脱却」は、金利機能の喪失を招き、壮大な失敗になりました。最近は「リバーサル・レート」議論(金利を下げても金融緩和効果が反転し、逆効果を生む)が勢いを増しています。
壁にぶつかり財政の再登場
そこで再び、財政拡張論の登場です。「財政主導から金融主導へ」「それが壁にぶつかった」「再び財政主導への逆戻り」です。「政治的にはそれしか選択の道はない」「経済停滞が景気後退に迷い込み、バブルが破綻するより、目先は、まだまし」というのが本音でしょう。
まず米国です。2019年度の財政赤字は9840億㌦(107兆円)で、20年度以降はさらに膨張しそうで、「1兆㌦時代」の到来です。国防費の増加による歳出増大、大型減税などでトランプ大統領が財政赤字の膨張を主導しています。もっとも国債の利払い費を減らすために、金利引き下げを政策当局にしつこく要求しています。
欧州でも、欧州中央銀行のドラギ総裁が退任時(10月末)に「異例の金融緩和の出口は遠のいた」と、語りました。出口の模索を断念しました。新総裁のラガルド氏も「新しいポリシーミックス(財政金融政策の協調)が必要だ。公共投資を増やすべきだ」です。金融の風景は様変わりになりました。
最も財政状態が悪い日本はどうでしょうか。安倍政権は19年度補正予算として、真水(国の直接支出)で10兆円を要求しています。災害復旧、日米貿易協定の発効に備えた国内農業対策、消費増税後の景気対策、さらには政治的失態をカバーしたいとする思惑が絡んでいます。
年末に決まる来年度予算案は100兆円を超す見通しです。財政再建計画(2025年度に基礎的財政収支を黒字化)など気にかけていません。財務省、正統派の財政学者、多くの新聞論調が財政再建派だとすれば、敗色が濃厚です。
黒田日銀総裁は「財政と金融政策の協調は、政策効果を高める」とまで言い切りました。「金融政策は出尽く、限界にきているので、あとは財政でやってくれ」が本音でしょう。そうとはいえないので、「財政金融協調」という表現で逃げたのです。
もっとも、財政膨張派も理論武装はしています。「GDP(国民総生産)が大きくなっていけば、GDPに対する財政赤字の相対的な比率が落ち、財政収支は改善していく」と、主張します。具体的には、国債利回りを上回る名目成長率が達成され続けていけば、それが可能となるというのです。
ゼロ金利は半永久的なのか
理論的にはそうであっても、それが成り立つ経済状況が永続するかどうかが肝心です。今は国債利回りはゼロかマイナスの状態です。そういう「状態」になっているというより、政治的な圧力もあり、中央銀行が金利をどんどん下げ、そういう「状態」を作ってきたのです。財政再建に好都合の条件がいつまで続くか。その説明が不足しています。
この理論の人たちは「いつまでゼロないしマイナス金利が続くのか」について、理論的根拠を示していません。半永久的にこんな状態が続くと考えているのでしょうか。
マイナス金利の長期化は弊害が大きく、望ましくないという議論がしきりです。また、インフレが頭をもたげてきたら、成長率を上回る金利が不可避になる。日本の名目成長率も、1、2%で、わずかなものです。何十年かければ、財政の健全化ができるというのでしょうか。
無視できない大きな懸念は、その何十年かのうちには、巨大な震災が発生する。さらに、自然災害が深刻さを増しています。不可抗力的に財政出動に迫られる事態を予想して、ある程度の余裕を持っていることが必要なのに、平時から財政赤字を膨張させている。経済情勢とは無関係に、高齢化で社会保障も増えていかざるえない。
日本の特殊事情がこの理論では、考慮されていません。経済成長率についても、生産年齢人口の減少がマイナス要因になります。日本の潜在成長率は1%程度まで低下しています。財政金融政策では、成長率を中長期的に引き上げることはできないというのが定説です。
米国のように、成長余力や将来性がまだまだある国ならともかく、経済理論を日本にはめるには、よほど注意してかかる必要があります。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年11月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。