大日本帝国思考を継承した憲法学者
日本国憲法には「国家」という用語は前文に2つしかない。
護憲派は「国家権力を制限することが憲法の役割である」とよく言うが、日本国憲法には国家に関する記述は実に少ない。日本国憲法を素直に読めば同憲法は国家を特に意識していないことがわかる。国家について一章設けているわけでもない。前文にわずかに2つ記述されているのも、日本国憲法の英語原文を翻訳する過程で、日本政府が持つ国家意識が思わず出てしまった程度の話と思われる。
では、なぜ日本政府は翻訳過程で国家意識を思わず出してしまったのだろうか。その理由は大日本帝国憲法は国家を強く意識して解釈された憲法だったからである。日本政府には大日本帝国憲法の解釈の感覚が身についていたのである。だから翻訳過程で国家意識が思わず出てしまったのだろう。
大日本帝国憲法はドイツを源流とする「国家法人説」に基づいて解釈されていた。国家法人説とは国家を擬人的に捉え国家は何か国民から遊離した「基本権」を有するとする解釈である。
大日本帝国憲法には「統治権」という用語があり、これを根拠に国家の存在が自明視され国家法人説に基づく解釈がなされた。
そして戦後の憲法学者はこの国家法人説を継承した。彼(女)らは国家法人説に基づき日本国憲法を解釈している。
国家法人説に基づけば、憲法9条の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「国の交戦権は、これを認めない」という文言は国家が「戦争する権利」ともいうべき「基本権」を自主放棄したと解釈される。そしてこれが現在の護憲派の思想的基盤となっている。
しかし、日本国憲法は戦勝国たるアメリカによって作成され英米法的思想に基づいており、そこに国家法人説はない。国家法人説はあくまでドイツ的解釈である。
英米法に立てば自衛権は国家の内になく外にあり、要するに国際法を根拠に行使されるものである。日本国憲法は憲法13条(幸福追求権)の観点から自衛権の行使を審査すれば良いだけである。
だから国家法人説に基づく憲法解釈は日本国憲法の要請に全く応えていないものである。
護憲派憲法学者は大日本帝国思考(国家法人説)を継承しながら同帝国を批判、その復活の阻止を主張している。
このことを最近、指摘したのが国際法学者の篠田英朗氏である。筆者は篠田氏の著作を読んで驚いた。というのも地方自治の世界でも国家法人説が批判された過去があるからである。
大日本帝国思考を継承した憲法学者は外政のみならず内政でも批判されていたのである。
国家法人説=国家主権
大日本帝国憲法に「地方自治」の章はなく、戦前では地方自治体はあくまで内務省の出先機関に過ぎず、国>都道府県>市町村の力関係は明白であり、国を頂点としたピラミッド関係が成立していた。
戦後になり日本国憲法に地方自治の章が設けられ首長の公選制こそ導入されたが、国が特定事務を地方自治体に委任し、その執行の範囲内ならば地方自治体に対して指揮監督権を行使できる「機関委任事務(1999年廃止)」が存在するなど国を頂点とするピラミッド関係が続いた。平成のある時期まで国は地方自治体に指揮監督権を行使できたのである。どう考えても憲法違反だが、戦後日本では50年以上、これが続いていたのである。
こうした国を頂点とするピラミッド関係の原因を大日本帝国時代から続く国家法人説に求めたのが政治学者の松下圭一(2015年没)だった。松下が1975年に著した「市民自治の憲法理論」では次のように述べられている。
- 国家法人という主権主体のもとに、国民ついで国会が、それぞれ国家機関とみなされるかぎり、憲法運営においては、国民の「前」憲法的な主権性は、憲法「内」の機関性へと置換され、国民主権は国家主権へと形骸化されている。(1)
- 戦後憲法学の理論構成は、民主主義を原則として承認し、ことに戦争放棄を強調したにもかかわらず、実質的には国・中央政府の統治権から出発する戦前以来の官治的既成政治体質と同型性をもっているように思われる。(2)
- 戦後、憲法は変れど政治の官治体質は変らなかった、といって過言ではないであろう。その典型が『地方自治法』の制定にもかかわらず、行政事務再配分が今日も実現せず、集権体制がとられていることにあきらかであろう(3)
松下が指摘するように国家法人説に基づく憲法解釈は必然的に政策において国家(官僚)が主体となり、国民、国民の代表者(国会)は客体にならざるを得ない。国家法人説では国民主権は形骸化し事実上の国家主権となる。「国・中央政府の統治権から出発する」国家主権だから、国>都道府県>市町村のピラミッド関係、集権体制に必然的になるし、この関係を法的に担保した機関委任事務も憲法違反と気が付かないのである。
松下は地方自治を追求していく過程で戦後憲法学に組み込まれている大日本帝国思考を発見し、それが地方自治はもちろん国民主権を形骸化させていることを指摘した。これはもう40年以上前の話である。
外政・内政の両方が問題だった戦後憲法学
集団的自衛権の限定行使を容認する安保法制成立以降、篠田氏が口火を切る形で戦後憲法学の大日本帝国思考が批判され始めた。これは外政面での戦後憲法学批判である。しかし前記したように戦後憲法学は地方自治にも影響を与え、批判されていたのである。
これは内政面での戦後憲法学批判である。要するに戦後憲法学は外政・内政の両方にも悪影響を与えてきたのである。幸い内政面での悪影響は前記したように1999年の地方自治法の改正により機関委任事務が廃止され少なくとも法制度の面では国>都道府県>市町村のピラミッド関係は消滅し国=都道府県=市町村の対等関係になった。
もちろん国からの補助金がなければ行政が成立しない地方自治体も多数あり、そういう意味では真の意味での地方自治はまだ遠い。しかし、戦後憲法学の呪縛からは解放された。
少し話は変わるが国=都道府県=市町村の対等関係になったため政策実現の調整コストは増加した。国・都道府県・市町村の三者の内で実に中途半端な存在が都道府県であり、例えば沖縄県の米軍基地移設問題での混乱をみてもわかるように都道府県は政策実現の調整コスト増大の最大要因であり、その廃止も含めて改革しなくてはならない。読者の方々も時事を振り返ってほしい。今の日本で問題を起こす政治家は都道府県の首長ばかりではないか。
論を戻そう。
戦後憲法学は大日本帝国思考に基づき日本国憲法を解釈しているため我々主権者はまだ日本国憲法の真の姿を見ていない。戦後憲法学は日本国憲法を国家法人説で覆い隠し事実上の国家主権に誘導している。
国民主権を守るために戦後憲法学への批判的検証は欠かせないと言えよう。
参考文献
(1)「市民自治の憲法理論」松下圭一 1975年 岩波新書 86頁
(2) 同 上 117頁
(3) 同 上 130頁
高山 貴男(たかやま たかお)地方公務員