ボリビアの政治危機でエボ・モラレス大統領がメキシコに亡命したのは日本でも報道された。しかし、彼をボリビアからメキシコに連れて行くのにメキシコの軍用機の往復の行程には様々な困難が伴ったことまでは報道されていない。それを以下に説明しよう。
今月11日、メキシコから空軍機ガルフストリームG550がモラレス大統領ら一行を搭乗させてメキシコに連れて帰るのにメキシコを離陸した。
実は、今回経験したハプニングに先駆け、モラレスは2013年にも同じような経験をしている。天然ガス産出国の会議がモスクワで開催された後、モラレスはボリビアに戻る途中でフランス、ポルトガル、イタリアは彼を乗せた大統領専用機ファルコン900が上空を通過することを禁止したのである。
理由は米国からロシアに亡命したアメリカ国家安全保障局(NSA)のエドワード・スノーデンがモラレスの大統領専用機に搭乗している可能性があるという情報が米国からこの3か国に伝えられたからであった。モラレスはそれまでもスノーデンをボリビアで受け入れる用意があると発言していたからである。結局、同専用機は急遽空路を変更してスペインのカナリア諸島で給油して帰国の途についたというエピソードがあった。(参照:bbc.com)
一難去ってまた一難
11月11日の午前中にメキシコの空軍機ガルフストリームG550がモラレス大統領の救出に向かった。当初の計画ではペルー政府から許可をもらってリマにまず到着し、そこでボリビアで決定権をもっている当局からボリビアへの入国許可を貰うということであった。
同日の午後になってボリビア軍からエボ・モラレスをメキシコに連れて行くことに同意するという通知があった。これを受け、リマで待機していた空軍機はボリビアに向けて離陸した。
ところが、ボリビアの領空圏に入ろうとする段になってアクセスを禁止するとの通知が入り、空軍機は仕方なくリマに戻らねばならなくなった。
この時点でメキシコ政府はモラレスの亡命を受け入れたことを公式に発表し彼の身柄の安全を強調して要求した。空軍機はリマに待機したまま時が経過。その間、メキシコ政府はボリビアで現在決定権を持っていると思われる軍の関係当局と交渉を続けた。
またその時、ペルーの空港では給油にキャッシュでの支払いを要求して来た。この要求を解決するためにメキシコ政府の調整でまた時間が過ぎた。その間も、メキシコ政府とボリビア軍部との交渉は続いた。
混迷したボリビアからの出国と「助っ人」の出現
この交渉にはメキシコ政府のラテンアメリカ担当の副書記官マクシミリアノ・レイイェスと在ボリビアのメキシコ大使マリア・テレサ・メルカドが臨んだ。交渉の末、ボリビア空軍が遂に入国の許可を出した。
空軍機はようやくボリビアのコチャバンバ県のチモレー空港に午後7時に到着した。ここはかつて米軍基地だったところで、米国の麻薬取締局が麻薬の取り締まりをこの基地をベースに実施していた。
問題は一件落着したかのように見えたが、事態はさらに複雑化するのであった。午後7時30分頃にエボ・モラレス一行を搭乗させてリマに向かい、それからメキシコまで飛行する予定であった。ところが、ペルーの外相から連絡が入り、「政治上の判断からリマで給油することを許可できない」と伝えて来たのである。
リマに向かって離陸できないとなると新たに受け入れ先を探すための交渉が必要となる。彼らは機内で待機せざるを得なくなった。その間も、空港の周辺にはモラレス支持者が集まっており、また空港内にはボリビア軍が監視しているという状態でモラレス支持者と軍が衝突する可能性もあった。すぐにでも離陸したいが出来ない。緊張が続いた。
この時に助っ人が現れた。アルゼンチンで来月大統領に就任するアルベルト・フェルナンデスである。彼がパラグアイのマリオ・アブドー大統領に緊急電話を入れてパラグアイの首都アスンシオンまで飛行して給油できるように要請した。
その成果があって、パラグアイの外相がメキシコのエブラルド外相に飛行を許可し給油できることも伝えたのであった。その上、給油した後も必要な時間だけ待機できることの保障もした。
パラグアイからメキシコに戻るのにペルーの領空を通過する必要があることから、メキシコ政府はペルー政府に対してリマで着陸も給油もしないが、ペルーの領空を通過できるように依頼したのである。その許可が下りた。と同時にエクアドルにも接触して、給油が必要になった場合にグアヤキル空港に着陸できる許可を依頼し許可された。
これでメキシコまで問題なく戻れると関係者各位が安心していたところで、ボリビアの関係当局から同国の領空を通過できないと連絡して来たのである。となると、帰国の途には新たなプランが必要になって来た。その時に在ボリビアのブラジル大使から協力の手が差し伸べられて、ボリビアとブラジルの領空が接する空域での飛行をブラジル政府が許可したのである。
ということから、空軍機は離陸したあと先ずパラグアイのアスンシオンに向かい給油して夜中2時過ぎに離陸しブラジルとボリビアの領空が接した空域を飛行してペルーの上空を通過した時点で、11時間はまだ給油が必要ないことからエクアドルでは給油する必要がなくなり上空を通過した後、公海に出てメキシコに無事到着したのである。
(参照:elpais.com:excelsior.com.mx)
亡命受け入れの「伝統国」メキシコ
モラレスは空軍機から降りて出迎えたエブラルド外相に感謝の意を表したあとの報道陣を前に「私の命を救ってくれた」と述べてロペス・オブラドール大統領に感謝したのである。ボリビアではモラレスの逮捕に報奨金5万ドル(540万円)が出されていた。(参照:elespanol.com)
今回、モラレスをメキシコで受け入れると決めたのは彼の生命が危険にさらされているということで人道上の立場から亡命を認めたのであった。その決定をしたのはロペス・オブラドール大統領で、彼自身が報道陣の前で「私がエボ・モラレスの亡命を受け入れる為の指示を出した」と述べた。(参照:infobae.com)
モラレスの亡命受け入れから、メキシコはかつてのように亡命者の受け入れ国として復活したようである。スペインがフランコ独裁体制になってから多くの共和党支持者がメキシコに亡命した。ロシア革命家のトロツキーもメキシコに亡命した。
アルゼンチンの新大統領に就任するアルベルト・フェルナンデスも就任する前に最初に訪問したのはメキシコでロペス・オブラドール大統領と会談するためであった。(参照:elmundo.es)
亡命協力拒否の背景にアメリカの影
現在、右派の政権(ブラジル、チリ、コロンビア、アルゼンチン、ペルー、パラグアイなど)が多くなっているラテンアメリカでメキシコとアルゼンチンとが軸になって進歩派の勢力を構築したいと望んでいるのがアルベルト・フェルナンデスである。これまで兄弟関係にあるブラジルとアルゼンチンからメキシコとアルゼンチンに切り変えたいとフェルナンデスは望んでいるのである。
ボルソナロ大統領は応援していたマクリ大統領が敗れたことから左派系のフェルナンデスの大統領の就任式には出席しないことを既に明らかにしている。
それにしても、なぜ、モラレス大統領のメキシコへの亡命に各国が協力を拒んだのか。理由はアメリカが今回のボリビアでの政変を画策し、その協力をラテンアメリカの主要各国に要請していたからであったと言われる。だから、それに協力していた国は今回の政変をクーデターとは認めず、その関係からアメリカ政府に遠慮して容易には上空通過を許可しなかったと見る向きがある。
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白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家