来年は、OECD、EU、そして日本でも、公正な税負担を求める動きが加速しそうだ。
米政府が仏デジタル課税(DST)非難
12月2日、米通商代表部(USTR)は、仏DSTがグーグルなど米IT大手(GAFA)を不当に標的と認定、フランスからの輸入品に最大100%の追加関税を課す準備を進める。ライトハイザー代表は、イタリアやオーストリア、トルコによるDST調査を検討中とし、米デジタルサービス企業対象の「その他の取り組み」も非難した。
イタリアとオーストリアは、2020年1月からDST実施予定。イタリアは常に不安定(1年前も別のDST案)だが、一方でUSTRが問題視する「その他の取り組み」を行ってきた。「ミラノ検察によるGAFA徴税」という意外な組み合わせで、フランスからはEUを先導したと評価されている。
GAFAから税金取立
2015年、アップルは2008年から2013年の「法人所得税回避」につき、約3億ユーロで税務当局と和解。役員3名はミラノ検察と「司法取引」。先例となった。2016年には、グーグル・イタリアとアイルランドが同様の経過をたどる。2017年、ルクセンブルグを登録地とするアマゾンが、財務警察と検察の標的になった。2018年、フェイスブックがアイルランドを介し2016年まで5年間3億ユーロの回避指摘を受ける。2019年10月、オランダにプラットフォームを置くネットフリックスにつき、ミラノ検察と財務警察が調査開始。
「ミラノ方式」
2019年6月、ミラノ検察グレコ長官は、『2018年版ミラノ地検白書』の「ミラノ方式」を示し、GAFAや有名ブランド、役員らから取り立てた税や罰金が累計56億ユーロと語った。「グッチの租税回避で、仏ケリングが支払に応じた12億ユーロが加わります」。検察と財務警察、国税と関税当局、それに中央銀行が総がかりで当たるというものである。
「ミラノ方式」と高級ブランド
ミラノ大聖堂(ドゥオモ)に近いモンテ・ナポレオーネ通りには、イタリアを代表する高級ブランドが軒を連ねる。その多くが会社所在地を税金の安い外国に移したり、仏ケリングやLVMH傘下入り、イタリアでの納税額を低く抑えるようになった。
2013年、ロロ・ピアーナがLVMH入り、膨大な節税効果を問題視された。2014年、財務警察がジョルジオ・アルマーニを調査。材料費をオランダやスイスなど低税率国の法人に記帳、アイルランド、ルクセンブルグの資産管理会社を通じ納税。3億ユーロ弱を税務当局へ支払合意。2016年、プラダのオランダ持ち株会社につき、ミウッチャ・プラダほかの個人責任が問われ、4億ユーロ弱で税務当局と和解。会社をイタリアに戻す合意、検察は起訴を取り下げ。
「脱税は腐敗の母」
「他に優先課題があるのでは」という質問に、長官は、「イタリア企業は、回避した税金を投資せず賄賂に用いる。『脱税は腐敗の母』なのです」という。「刑事責任追及は、税務当局より後のはず」。「検察が前面に出るのは、『パテッジャメント(自己負罪型司法取引)』という武器があり、弁護士も進んで取引するためです」。
ドルチェ&ガッバーナとブルガリは抵抗
2010年末、ドルチェ&ガッバーナがルクセンブルク会社を介し10億ユーロ脱税起訴。ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナ個人も、2004年から2007年に4千万ユーロ脱税とされた。2013年6月、ミラノ地裁は2人に、執行猶予付き禁錮1年8月と罰金50万ユーロを命じた。同社は税務当局に4億ユーロ支払い、会社をイタリアに戻す。高裁も同様だったが、2014年10月、最高裁で逆転無罪。
ローマのコンドッティ通りのブルガリも、LVMH入りをきっかけにアイルランド会社を介した脱税を指摘されたが、2018年4月、パオロとニコラ・ブルガリほか役員はローマ地裁で無罪判決。こちらはローマ検察だが、ダブリンの会社に実体ありとされた。
「ミラノ方式」に無理はないか
「司法取引」で成果を上げ、裁判では負けている。外国会社を用いる節税すべて「脱税」は無理だし、会社を国内に戻すのも強引。「ミラノ方式」を貫く外的要因はイタリアの脆弱な財政だが、ミラノ検察自体の来歴にその内的要因がある。
「バチカン銀行」事件から
フランチェスコ教皇訪日38年前、聖ヨハネ・パウロ2世が日本訪問。帰国直後、バチカンと結びつきが深いミラノのアンブロジアーノ銀行が破綻。ミラノ検察に起訴され裁判中カルヴィ頭取は逃亡し、英ロンドンのテームズ川にかかるブラックフライアーズ橋で、首つり死体となって見つかる。
発端は、ゲラルド・コロンボ判事らが、フリーメイソン系秘密結社「ロッジャP2」の名簿を発見したことによる。後のベルルスコーニ首相など実業家や、政治家、マフィア関係者も含まれていた。
ミラノとシチリア
1992年、パレルモ検察ファルコーネとボルセリーノ両判事がシチリア・マフィア「コーザ・ノストラ」に暗殺されたため、マフィアは南部限定との印象を持たれがちである。
だがファルコーネ判事は、米国のルディ・ジュリアーニ連邦検事(のちNY市長、現トランプ大統領顧問弁護士)や、スイスのカルラ・デル・ポンテ検事総長(のち国連戦犯法廷主任検事)とも連携。ミラノ検察「赤毛のイルダ」ボッカシーニ判事には、北部マフィア「ンドランゲタ」による「ドゥオモ・コネクション」摘発を勧奨。だがミラノ検察はP2由来の汚職摘発を優先。
「マニ・プリーテ(清い手)」プール(特捜班)
同年、ミラノ検察に「マニ・プリーテ」誕生。ディ・ピエトロ判事の下、コロンボ判事も参加(Colomb, Il Vizio della Memoria, 1996)。ミラノは「タンジェントポリ(汚職都市)」と呼ばれる。ついには、時の首相や野党代表まで召喚。ディ・ピエトロ判事は国民的英雄となり、政界転出(Di Pietro, Il Guastafeste, 2008)。既成政党は選挙で大敗。台頭したのは、ベルルスコーニ率いるフォルツァ・イタリアと、極右の北部同盟だった。
「エニモントに触れた者は皆死ぬ」
石油会社エニモント汚職では、エニ(イタリア炭化水素公社)のカリアリ総裁は、独房でビニール袋を被り自殺。モンテディソン・グループのガルディーニ総帥は、自宅寝室で拳銃自殺。国家参加事業省のカステラーリ次官は、ピクニックの丘でウィスキー瓶を手に拳銃自殺。グレコは、カリアリの取り調べを担当していた。
ベルルスコーニの「天敵」
「赤毛のイルダ」は、シチリア行きを志願。ファルコーネ判事らの暗殺犯を逮捕・起訴後ミラノに戻り、マニ・プリーテの長となる。北部マフィア摘発と共に、首相の犯罪と対決。未成年者買春(ルビー)事件、関連企業の不正経理・脱税等、次々と起訴。グレコ判事は、帳簿を読むのに強かった。
ベルルスコーニは名目的実刑判決と議員失格。「第2次ルビー裁判(証人買収など)」は今も続くが、彼女は12月7日の誕生日で定年を迎えた。
グレコの試金石(ロシアゲート)
USTRの牽制もさることながら、北部同盟あらため「同盟(レガ)」のロシア疑惑が懸案。サルヴィーニ代表はプーチンと近く、ロシア石油企業とエニ(今では、半官半民)の取引の差額を党資金となす疑惑である。レガはもともとミラノを中心とする地域政党で、エニと検察はカリアリ自殺の因縁がある。ミラノ検察の動きが遅いとされるが、こうしたしがらみの影響か。
系譜を継ぐ者
「マニ・プリーテ」の事績に傾倒し立ち上がった人物は、ブラジルにいた。セルジオ・モロ判事は、リオ五輪を私物化したカブラル元知事を始め、政官財汚職の頂点にいた歴代3大統領を逮捕・起訴、ボルソナロ大統領の内閣で法務大臣に就任。
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山下 丈(やました たけし)日比谷パーク法律事務所客員 弁護士
1997年弁護士登録。取り扱い分野は、商法全般(コンプライアンス、リスクマネジメント、株主総会運営、保険法、金融法、独禁法・景表法、株主代表訴訟)、知的財産権法(著作権、IT企業関連)。明治学院大学法科大学院教授などを歴任。リスクマネジメント協会評議員。日比谷パーク法律事務所HP