文政権が「条約は国内法に優先」との日本の主張を無視する理由

高橋 克己

貿易管理に関する日韓局長級対話が16日、経産省で行われた。その開催を韓国は、実は米国の圧力に屈して撤回した日韓GSOMIA破棄の言い訳にしていた。それが「3年半ぶり」(17日ハンギョレ)なのは日本が管理を強化した理由の一つなのだが、韓国もあっさりそう認めたのには、事実だからとはいえ少々拍子抜けだ。

貿易管理をめぐる日韓両政府の局長級の政策対話(16日、NHKニュースより)

7月の「輸出管理に関する事務的説明会」とは打って変わった日本の対応に、同ハンギョレ記事も「10時間のマラソン会議、依然として隔たりは大きいが雰囲気は好転」としつつ、「菅官房長官は“そもそも相手国と協議し決定するような性質のものではない”と従来の立場を繰り返した」と慎重な評価だ。「ボールは韓国にある」と内心自覚してのことだろう。

早速、18日の中央日報が「青瓦台、24日の韓日首脳会談を確認…15ヵ月ぶり開催」と成都で予定される日中韓首脳会談での日韓会談に触れた。「3年半ぶり」といい「15ヵ月ぶり」といい、どちらも韓国のせいで間が空いたことなど全くスルーして書く辺りに、韓国の無反省ぶりが透ける。

小室博士の韓国への対処法三原則

7月には「説明会」を「協議」だと言い張った韓国も、今回は「対話」と表現した。斯く用語に拘る韓国を石破茂先生ご推奨の『韓国の悲劇』で、小室直樹博士は、「韓国には論理があるが、日本には論理がない」とし、「(儒教の)戒律をきちんと守るためには論理は必要」と韓国人の宗教観を説いている。

その上で博士は、最澄や親鸞が戒律を骨抜きにした日本式の仏教が頭にある日本人は、次の三原則を念頭に置いて韓国人に対処せよ、とする。すなわち…、

  • 相互性の原則
  • 無差別性の原則
  • 合理性の原則

博士は「相互性の原則」が「外交上の慣行として重要」で「国際法、国際政治の大原則である」とする。外交に限らずあらゆる交渉の場で忘れてはならない大原則だが、博士はその例えを次のように書いている。さすが天才、今日の状況を見通したかのような千里眼!と思わず唸ってしまう。

ある外国の資産を無条件で凍結することは、不合法であり、不合理である。しかし、その当該国が、同国における我が国の資産を凍結した場合には、我が国も同国の資産を凍結することは合法である。

また「無差別の原則」でも、「良い意味でも、悪い意味でも、韓国だけを特別扱いしない、ということ」とするが、これも今回の「輸出管理」で日本が韓国に対して取るべき態度そのままだ。最後の「合理性の原則」とは、「もっともな要求はこれを聞き入れ、ナンセンスな要求は断固としてこれを拒否せよ、ということ」だそうだ。

日本の主張を無視する韓国側の法的理由

本題に入る。日本政府は「条約(あるいは国際法)は国内法に優先する」と主張している。朝鮮半島問題の第一人者の西岡力氏などもそう述べる。しかし、文政権は一貫して「司法を尊重する」とそれを無視する。その理由を考えるには「ウィーン条約法条約」と「韓国憲法」を見ておく必要がある。

69年の「ウィーン条約法条約」(外国公館の静謐などを記す「ウィーン外交法条約」とは別物)の第27条と第46条にはこうある。

第27条 国内法と条約の遵守

当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない。この規則は第46条の規定の適用を妨げるものではない。

第46条 条約を締結する権能に関する国内法の規定

  1. いずれの国も、条約に拘束されることについての同意が、条約を締結する権能に関する国内法の規定に違反して表明されたという事実を、当該同意を無効にする根拠として援用することができない。ただし、違反が明白であり、かつ基本的な重要性を有する国内法の規則に係るものである場合は、この限りでない。
  2. 違反は、条約の締結に関し、通常の慣行に従い、かつ誠実に行動するいずれの国にとつても客観的に明らかであるような場合には、明白であるとされる。

この27条だけを読むと「条約が国内法に優先する」かのようだ。が、但し書きにある46条の「ただし、…」以下を読むと必ずしもそうではない。つまり、条約の締結に関し客観的な違反が明らかな場合には、国内法が優先されることになる。

87年に改正された現行の韓国憲法の第6条はこれらを踏まえた次のような文言で、48年の制憲憲法から変わっていない。

憲法により締結・公布された条約と一般的に承認された国際法規は国内法と同等の効力を有する。

有斐閣の「現代国際法講義」も「この原則は条約に違反する国内法を当然に無効とするものではなく、国家が国際的義務と両立する形で行動すべきことを義務づけたもの」で「もし国内法の実施によって国際義務の不履行が生ずるときは、当該国は国際法上の責任を負わなければならない」とし、米国を例に挙げている。

韓国大統領府Facebookより

韓国側の出方は「二段構え」?

この先もし国際司法裁判所に行くとして、想起しておくべきは1965年の「日韓基本条約」の「もはや無効」の解釈の齟齬と、韓国が1910年の「日韓併合条約」を一貫して不法としていることだろう。周知の通り「もはや無効」の意味を、日本は有効だった併合条約が大韓民国の建国で無効になったと解し、韓国は当初から無効と解した。

用語の定義にうるさい割に韓国は「already」=「もう」の意味を曲解しているし、「日韓併合条約」が当時の国際法で合法だったことは勝負がついている。だが、韓国は「基本条約」の「8項目要求」に「慰謝料も含む」とされた場合には、「日韓併合条約」の不法性を持ち出すという、二段構えで来るはずだ。

つまり、「基本条約」で「慰謝料」の議論はされていない上、個人対個人の請求権は残っているとの論と、韓国憲法第6条により「条約と国内法のどちらに効力があるか判断する」のは韓国大法院であり、かつ不法な「日韓併合条約」は「ウィーン条約法条約」の第46条にいう「違反」に当たるという訳だ。

現在の価値基準で以前の時代を判断する愚

加地伸行氏の『沈黙の宗教-儒教』によれば、韓国人に通底する儒教の死生観は「招魂再生」、すなわち「シャーマニズム(魂降ろし)」と「祖先祭祀」であり、それゆえ祖先を大事にするそうだ。先日も120年前の「東学党の乱」の遺族100名ほどに補償金を出す法律が全羅北道井邑市でできたと報じられた。

加地氏は日本人の中にも儒教のしきたりが生きていると言う。そうは思うが、さすがに東学や徴用工の話にはついてゆけない。「日韓併合」を不法としてそれを理由に補償するとなれば、それこそ大航海時代以降の西欧列強の全植民地が権利を主張しかねない。文喜相氏の案はそういった可能性を孕む。

加地氏は前掲書でこうも書いている。

問題は、良くある「後世の判断による理解」である。我々はこの20世紀に生まれている以上、今の時代の諸条件に制約されていることは言うまでもない。やはり心すべきは、現在の価値基準で以前の時代のことを判断するとき、誤解を生じかねないという点である。

さて、ようやく諸々の話し合いが日韓で始まった。が、貿易管理の件では、日本は専ら「無差別の原則」で韓国の改心ぶりを評価すれば良いし、徴用工問題でも仮に日本の民間資産が現金化されるようなことがあれば、即座に「相互性の原則」を発動して国内の韓国資産を差し押さえれば良い。

来週の日韓首脳会談では、安倍総理はこれまで通り「韓国は国際法を守れ」と文大統領に言うことだろう。ついでに「現在の価値基準で以前の時代のことを判断」してあれこれ求めるのは「ナンセンスな要求」ですよ、と「断固としてこれを拒否」してもらいたい。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。