結局、北朝鮮からの「クリスマス・プレゼント」は届かなかった。だが、安心するのは、まだ早い。
事実、アメリカ軍は金正恩(キム・ジョンウン)の誕生日とされる1月8日などにICBM(大陸間弾道ミサイル)などの発射があり得ると考え、警戒を緩めていない。
2019年のクリスマスには、2機の弾道ミサイル情報収集機「コブラボール」(RC-135S)に加え、電波情報収集機「リベットジョイント」(RC-135W)、対地監視偵察機「ジョイントスターズ」(E-8C JSTARS)、無人偵察機「グローバルホーク」(RQ-4)などを相次いで飛行させ、北朝鮮の動きを監視した(韓国紙「中央日報」記事参照)。
ちなみにアメリカ軍は上記「コブラボール」を世界で3機しか保有していない。そのうちの2機を朝鮮半島に投入して情報収集させたことになる。
その他にも、電波情報収集機「コンバットセント」(RC-135U)、高高度偵察機「ドラゴンレディー」(U-2)、画像収集偵察機の「クレージーホーク」(EO-5C)、電子戦偵察機「アリエス」(EP-3E)に加え、独特な外観で知られた最新鋭のステルス駆逐艦「ズムウォルト」や、世界最強と評されるステルス戦闘機「ラプター」(F-22)など虎の子の兵器を総動員してきた。あたかも臨戦態勢さながらである。
果たして今後、北朝鮮はいかなる挑発をしかけるのか。
まず考えられるのは、原潜を含む潜水艦からのSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)発射である。2019年12月19日付「View Point」掲載記事(上田勇実記者)は、脱北した人民軍上級幹部の話をもとに、「北朝鮮が原子力潜水艦の建造に向け、胴体に使う高張力鋼を日本、ロシア、台湾、中国のいずれかから調達するよう指示を出し、2014年には実際に台湾からサンプルを入手していたことが分かった」と報じている。
じつは先日、極秘で来日した当該脱北者の話を、私もオフレコで聞いた。それ以上の論拠は明かせないが、上記記事の信憑性は高いと判断している。そうした情報を得ていたこともあり、最近までテレビや新聞でSLBM発射があり得ると予測してきた。
だが、西岡力(麗澤大学客員教授)が「国基研ろんだん」(2019年12月23日付)に寄稿した平壌情報によれば、発射されるのはSLBMではなく、「人工衛星」かもしれない。以下はその情報である(細部表現を改めた)。
2019年9月に金正恩(国務委員長)が「12月25日までに原潜を完成させて、そこからSLBM発射する準備を完成させよ」と命令した。新浦の原潜工場は24時間体制で命令を実行しようとしたが、間に合わなかった。12月上旬段階で原潜は未完成。SLBM発射システムも不安定で潜水艦が沈没する恐れすらある。
そこで、クリスマスに向けて朝鮮人民軍が太平洋にICBM発射を検討したが、米国の軍事行動を招くと予想した幹部らが妹の金与正に情報を集め、与正が金正恩を説得して保留を決定した。直接、金正恩に情報を持って行くと、金正恩は感情が不安定で突発的に決断する恐れがあるので与正に説得を求めたという。
この情報によると、北朝鮮は12月25日過ぎに人工衛星を発射して、米本土の上空に静止衛星を上げる計画だったらしい。ロシアの技術者が40人あまり北朝鮮で活動しており、すでに核弾頭を100発製造。ウラン濃縮を大々的に進めたという。
情報に符合する「宇宙開発のための国際的な動き」という見出しの記事が12月25日付「労働新聞」(北朝鮮)に掲載された。
記事で北朝鮮は「宇宙開発は過ぎ去った時期にはいくつかの発展した国の独占物だったが、もはや多くの国の開発領域」と主張し、「(衛星を通じて)全地球位置測定体系を利用していかなる環境と条件でも位置を正確に決めることができ、通信衛星を通じて地球の任意の対象と通信連携を取ることができる」、「探知衛星を通じては国土調査、農作物の予想収穫高評価、災害防止などを進めることができる」とした(前出「中央日報」参照)。
振り返れば、「労働新聞」は2009年2月にも「平和的宇宙利用の権利は誰にでもある」という論評を出したが、その2カ月後に北朝鮮は長距離発射体「光明星2号」を試験発射した。同様の展開が再現される可能性は低くない。
もし「人工衛星」ではなく、本物のICBMを発射させるなら、今度は(高く打ち上げ手前に落とす)「ロフテッド軌道」ではなく、通常の「ミニマム・エナジー軌道」で打ち上げることになろう。
その場合、日本列島のはるか上空を飛び越え、南太平洋上のエクアドル近海(公海部分)に着水させるはずである。周囲に米軍基地もなく、事前にイージス艦を展開させでもしない限り、米軍とて迎撃はおろか、途中からは航跡の追尾もできない。北朝鮮にとっては格好の空白地帯である。
他方、当面はSLBMも「人工衛星」もICBMも発射しない、核実験も行わない、という可能性も残る。だが、その場合も、2019年末の労働党会議で「国防力強化」など対米強硬路線を打ち出し、さらに金正恩が新年の辞で「対米交渉の中断」ないしは「核保有国としての地位の強化」を表明することになろう。武力挑発を口にするかもしれない。
いずれにせよ、朝鮮半島をめぐる緊張状態は続く。
去る12月12日、かつてクリントン政権で国防次官補を務めたグレアム・アリソン教授(米ハーバード大)が「第2次朝鮮戦争が起きる可能性が高まっている」、その確率は「50%以上ではないが、かなり大きな可能性がある」と語った(産経記事参照)。
そうなれば、日本も対岸の火事ではすまない。残念ながら、お正月の御屠蘇気分に浮かれている場合ではなさそうだ。
潮 匡人 評論家、航空自衛隊OB、アゴラ研究所フェロー
1960年生まれ。早稲田大学法学部卒。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。航空総隊司令部幕僚、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。防衛庁広報誌編集長、帝京大准教授、拓殖大客員教授等を歴任。アゴラ研究所フェロー。公益財団法人「国家基本問題研究所」客員研究員。NPO法人「岡崎研究所」特別研究員。東海大学海洋学部非常勤講師(海洋安全保障論)。『日本の政治報道はなぜ「嘘八百」なのか』(PHP新書)『安全保障は感情で動く』(文春新書・5月刊)など著書多数。