東日本大震災が日本のエネルギーシステムに大きなショックを与えた2010年代が終わり、新たなディケイドである2020年代が始まりました。いま一度この時代に不可欠なエネルギーミクスのグランドデザインについて考えてみたいと思います。
再生可能エネルギーとダックカーヴの呪縛
マクロな観点から、太陽光発電・風力発電に代表される【変動性再生可能エネルギー VRE: Variable Renewable Energy】の導入量増大と温室効果ガスを排出する【化石燃料 fossil fuel】に対する抑制圧力が強まると予想される2020年代に日本が本格的に取り組む必要があるのは、春秋の電力需要の日変化曲線に特徴的に現れる【ダック・カーヴ duck curve】の対策に他なりません。
ダックカーヴの問題は、エネルギーミクスを考える上でも避けて通れないものであり、包括的な解決方法が求められます。
ダックカーヴとは、日射量が多くなる昼間に太陽光発電による発電量が大きくなるために、在来電源の1日における電力需要が昼間に最小化し、夕方に最大化する現象です。この形がアヒルに似ているということで”ダック”カーヴと呼ばれています。
この現象が発生した場合、同時同量の原則から、余剰電力が増加し、火力発電所は発電量を最低レベルまで抑制し、揚水発電所は揚水を行うことになります。しかしながら、その変化速度が急激な場合には、制御が追従できないという問題が発生します。
この問題は同じ変動性再生エネルギーである風力発電でも発生します。さらに周波数調整を行う火力発電が抑制されると、必要とされる周波数調整能力を確保できなくなります。
日本におけるダックカーヴの典型例として知られているのが2017年4月30日の九州電力の需給運用の状況です(出展)。昼に揚水して朝夕に揚水発電を行っています。
ちなみに九州電力のダックカーヴに対する取り組みは次の通りです。
社会からの見えざる圧力かどうかはわかりませんが(笑)、再生可能エネルギーによる発電を最優先させていることがよくわかります。
さて、カリフォルニアやハワイで先行してダック・カーヴの経験を重ねている米国エネルギー省は、その対策として、次の3点を挙げています。
■電力システムの出力調整機能の強化 Add flexibility to the system
■電力需要のフラット化 Incentivize evening energy use reduction
■太陽光発電の蓄電 Store solar power to be used at night
以下それぞれについて、日本の実情と照らし合わせて考えてみます。
電力システムの出力調整機能の強化
米国エネルギー省の考え方は、余剰電力を最小限に抑制するために、変動性再生可能エネルギー以外の電源はすべて出力調整機能を有する電源を利用するということです。出力調整機能が優れた電源としては、水力(揚水&一般)と地熱が挙げられます。
反対に出力調整機能が劣った電源としては、ベースロードの主電源として利用されている原子力と石炭火力が挙げられます。但し、原子力と石炭火力は廉価であるため、エネルギー輸入大国の日本では欠かすことができません。
エネルギーミクスの設定にあたっては、〔原子力+石炭火力の発電量=太陽光を除く在来電源の最低需要+蓄電容量(揚水+圧縮空気+蓄電池他)-火力(LNG火力+LPG火力+石油火力)の運用最低発電量-余裕値〕という関係式をもって、クリティカルなベースロードの発電量を決定するのが現実的であると私は考えます。
ここに、この関係式は時間の関数であり、すべての時間において成立することが要件となります。当然のことながら、蓄電容量が増加するほど、廉価な原子力+石炭火力の発電量を増やすことができます。出力調整機能の強化とは、蓄電システムの強化に他なりません。
なお、原子力と石炭火力の割合については、パリ協定を考えれば、原子力100%が望まれます。仮に【石炭ガス化複合発電 IGCC: integrated coal gasification combined cycle】を採用しても、その二酸化炭素の低減率は30%程度であり、問題を解消するものではありません。また、原子力の不足分は、稼働及び停止によってきめ細かく季節調整することが可能な【小型原子炉 SMR : Small Modular Reactor】を新規に建設して採用すべきです。
ちなみに太陽光発電や風力発電などの変動性再生可能エネルギーが二酸化炭素の削減に有効かと言えば、効果が極めて限定的であることが知られています(データ)。ドイツは大量に変動性再生可能エネルギーを導入しましたが、これらは稼働率が非常に低いため、バックアップ電源としての火力を常に稼働しておかなければならず、結果として二酸化炭素排出量はほとんど削減されていません。
大量の電力を消費する工業国において、パリ協定での宣言の通り二酸化炭素排出量をドラスティックに削減するためには、原子力を稼働させて火力を停止することしか有効な手段はありません。
電力需要のフラット化
電力料金に使用時間帯のインセンティヴを与えて、夕方の需要を抑制しようとするものです。そもそも電力は鮮魚のように時価で取引すべきものであり、その前提の上での【サプライチェーン・マネジメント SCM: supply chain management】を展開すべきです。
また、当然のことながら、これを契機にした国規模での【スマートグリッド smart grid】計画の具体的策定は待ったなしです。変動性再生可能エネルギーの分散を緩和するにあたっては、【大数の法則 law of large numbers】を利用した広範囲な空間の平均化が必要不可欠です。電力系統の再構築は簡単な話ではありませんが、国がグランドデザインを描き実行すべき仕事です。
太陽光発電の蓄電
先述したように、蓄電容量が増加すると出力調整機能が強化されます。この場合、火力発電(LNG火力+LPG火力+石油火力)を減らすことができるので、カーボンミニマムに対して大きな効果があります。しかしながら、問題は、蓄電に非常に大きなコストがかかるということです。
日単位の大規模な需給調整に対応可能な蓄電設備としては、揚水発電・地中式圧縮空気地貯蔵(CAES)・蓄電池があります。現在の電力システムでは、その殆どを揚水発電が分担しており、蓄電池は現在導入中、地中式圧縮空気貯蔵は技術的には導入可能である状況にあります。
天候によって発電量が大きく変わる太陽光発電が、既存の電力システムに大きな負荷を与えていることを考えると、今後の導入にあたっては対応可能な蓄電設備の併設を義務化するのがフェアです。庶民が電気料金を通して負荷の対策費を支払うのは理不尽です。
蓄電設備としては、基本的には効率の高い蓄電池を選択するのが望まれますが、その一方で揚水発電は不安定な変動性再生可能エネルギーを日を超えて蓄電することが可能であり、電力システムのバッファとしても利用できます。仮に蓄電設備を設置できない場合には、国が建設する揚水発電あるいは圧縮空気貯蔵施設に利用料を支払う形式にすべきです。
私のアイデアとしては、海岸近傍の都市の直下に、海を上部調整池、地下空洞を下部調整池とする大規模な【海水地下揚水発電所 seawater underground pumped storage plant】(パース)を建設し、変動性再生可能エネルギーのバッファとして利用するのが電力損失も少なく効率的ではと考える次第です。
海を上部調整池にした地下揚水発電所は初のトライアルとなりますが、海水を利用した揚水発電は既に沖縄で電発が実証済みであり、下部調整池の安定性は原油地下備蓄やLPG地下備蓄の地下空洞で実証済みです。いくつかの大手ゼネコンはこのプロジェクトに関して90年代に概念設計を済ませています。
なお、下部調整池への臨時の取水口を江東区の0m地帯設置しておけば、豪雨による堤防決壊時に緊急の溜池としても利用することができます。さらに、発電所としての利用が終了した後には、データストレージ用の空洞として利用することができます。
そして、技術よりも高いハードル
さて、日本のエネルギー問題において、やはり一番大きな問題は、論理的な根拠もなく原発を悪魔化し、再生可能エネルギーを偶像化するマスメディアの存在です。2010年代は、原発再稼働・高レベル放射性廃棄物処分・福島原発処理水の問題等、マスメディア発のあまりにも非科学的な風評が頻繁に流布され、合理的な問題解決に進むことができませんでした。この間、理不尽に高い電気料金を支払わされたのは日本の庶民と企業です。
2019年12月13日、『報道ステーション』の後藤謙次氏はCOP25に関連した話題で次のようにコメントしました。
小泉大臣はCOP25で「日本は石炭火力をやめる」とダ~ンと発言しちゃえばよかった。政治は結果についてくる。小渕外務大臣が総理大臣になる前、対人地雷全面禁止条約にゴー・サインを出し、世界に知れた政治家になり、総理大臣の階段を上がった。小泉氏はホントに大きなチャンスを失った。
テレビのコメンテーターのあまりにも的外れな発言は本当に困ったものです。日本国民の生活および日本企業の生産性に大きく影響を与える電気料金に直結するエネルギーミクスを担当大臣でもない小泉進次郎大臣が国際会議の場でダ~ンと発言できるわけがありません。国民の生活など関係なく、私的な戦術として政治家に政治決断を勧める後藤氏のコメントは極めて無責任な公私混同であり、国民にとって有害です。
そもそも後藤氏は石炭火力を変動性再生可能エネルギーで置き換えることができ、それで二酸化炭素の排出量も削減できると考えています。しかしそれは、この記事で示した通り、論理的に不可能です。
日本のマスメディアは、COP25の話題では小泉大臣やグレタ・トゥンベリ氏の不毛な発言を大きく取り上げましたが、多かれ少なかれ、その理解の程度は後藤氏と似たようなものです。問題の論点を語ることなく、常に登場人物の評価に終始するどうしようもない報道が続いています。このようなマスメディアの姿勢こそが国民の誤った理解を生み、日本のエネルギー政策を理不尽に停滞させる大きな要因となってきました。
2020年代のエネルギー政策の議論にあたってまず必要なことは、このような無知なテレビコメンテーターの無責任な発言に対して政府がいちいち論理的に反論すると同時に、国民が問題を正しく認識できるよう広報活動に努めることであると考えます。
編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2020年1月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。