前澤友作氏が100万円を1000人に配る実験が話題になっているが、これはベーシックインカムの実験にはならない。Universal Basic Income(UBI)は、すべての人に同じ金額を配る普遍性に意味があるので、1000人だけに配ってもしょうがない。
これはフィンランドの実験をまねたものだと思うが、あれはUBIではなく、失業者の中から抽選で2000人に毎月560ユーロ支給する失業給付の一種であり、財源がなくなって2018年に中止された。
UBIの最大の特長は複雑で不公平な社会保障を廃止してシンプルな定額給付に置き換えることだから、給付の対象を限定したら意味がない。たとえば「生活保護を受けている214万人だけに年100万円配る」と決めると、財源は214万×100万=2兆1400億円ですむが、それ以外の社会保障は今のままだ。
他方すべての国民にUBIとして100万円を配るには、1億2000万×100万=120兆円が必要になり、これは現在の社会保障給付の総額とほぼ同じだ。今の社会保障を廃止することは政治的に不可能であり、これがUBIの最大の障害となっている。
つまりBIは部分的に実施すると効果がなく、全面的に実施すると巨額の財源が必要になる。その中間の解はないだろうか。
それが負の所得税(NIT)である。これは所得に比例して所得税を減税し、課税最低限以下の人には給付金を出すもので、算術的にはUBIと同じ結果になる。
次の図のように一定の所得税率を想定すると、税額は右上がりの直線になる。ここで定額のBIを支給すると、その分だけ税額が下方にシフトするので、課税最低所得以下の人は税額がマイナスになる(給付金がもらえる)。これがNITである。
フリードマンの提案したNITは既存の社会保障を代替するものだが、これを既存の制度に上乗せするのが給付つき税額控除(EITC)である。これは所得が課税最低限以上の場合には減税し、それ以下の場合は税を還付する。この還付される給付金がBIと同じ役割を果たすので、EITCは「条件つきBI」だということもできる。
これはUBIに比べると、既存の財源の中でやるので規模が限られ、効率性や公平性で劣るが、政治的には容易である。アメリカ、カナダ、イギリスなど10ヶ国で導入され、日本でも消費税の10%への増税のとき、財務省が提案した(軽減税率よりはるかに合理的だった)。
それ以外にも、条件つきBIを実現する方法はある。たとえば島澤諭氏の提案している「基本年金」は、今の国民年金をすべて税に置き換え、65歳以上のすべての国民に毎月12万円支給する制度で「高齢者ベーシックインカム」ともいえる。
このようにベーシックインカムをUBIに限定せず、「非裁量的に定額給付する」という広義の制度と考えると、その支給対象は全国民でなくてもいい。社会保障制度を根本的に変えることはできないが、今の老人に大きく片寄った社会保障を少しでも公平な制度に変えることは日本の重要な課題である。
追記:専門家から細かいツッコミが入りそうなので補足すると、NITは世帯ベースでUBIは個人ベースであるなど、実装のやり方によっては結果が少し異なるが、ここでは標準的な解釈を採用した。こう解釈するとNITとUBIはまったく同じだが、EITCは既存の社会保障を代替しない点で異なる。