ゴーンの不法出国は「主権侵害」か

池田 信夫

日産サイトより

カルロス・ゴーンの出国について、かなりくわしいことがわかってきた。12月29日に住居を出たまま帰宅せず、そのまま出国したようだ。このとき日産のつけていた監視に対して弁護団が「告訴する」と警告して尾行をやめさせ、その日の夜にチャーター機で関西国際空港を離陸した。

まず不思議なのは、この手際のよさである。このチャーター機はトルコの航空会社のもので、ドバイから関空に到着し、尾行が解けるまで空港で待たせていたものと思われる。弁護団が尾行を解除させたことが、結果的に不法出国を幇助したことになる。

最大の謎は、どうやって出国審査を通ったかである。出国記録にはゴーンの名前はないので、別人のパスポートで出国したか、それとも貨物として出国したかである。WSJによると、ゴーンは「音響機器の運搬に使う大型の箱」の中に隠れて搭乗したという。

チャーター機は29日に関空を離陸して30日午前にイスタンブール空港に到着し、そこから小型ジェット機に乗り継いでレバノンに到着した。このチャーター便を運航した航空会社が機内から、角が金属で補強された黒い箱を発見した。2個のうち1個は空で呼吸用の穴があけられ、あとの1個にはスピーカーが入っていたという。

普通の旅客便だと手荷物はすべて X線検査を受けるが、自家用機やチャーター機だと、それほど厳格に検査しないようだ。X線を通せない大きな荷物は検査官があけて検査するが、今回搭乗したのは2人だけだったので、あけないで通してしまったのかもしれない。

ただこれは厳密には出国審査のルール違反であり、検査官が不審に思って荷物をあけたら万事休すだ。これをどうやってすり抜けたのかが、今回の脱出劇の最大の謎である。

外交特権は使われた形跡なし

一つの方法は、外交特権を使うことだ。外交官の手荷物は検査しないことが国際的な慣習なので、レバノン大使館職員が手荷物として持ち込んだらノーチェックで出国できる。

この場合には、レバノン大使館が不法出国に加担したことになり、日本の国家主権を侵害した重大な事件である。実行した大使館職員は「好ましからざる人物」(persona non grata)として国外追放されるケースもある。

しかし今回の事件では、今のところ外交官が関与した形跡はない。検査官が荷物をあけないことが、どうやって事前に予想できたのだろうか。

ここで注目されるのは、この箱を運んだ2人の「民間警備会社」の社員のうち、1人がマイケル・テイラーという米陸軍特殊部隊(グリーンベレー)の出身者だったことだ。彼はNYT記者を救出した業界でも有名なプロで、ゴーンがかなり前から計画を立てて雇ったものと思われる。

米軍の情報網には、関空の出入国管理についてのデータもあるだろう。自家用機ゲートなら荷物がフリーパスになるという情報があったかもしれない。

何より世界を自家用機で飛び回っていたゴーンが、出国審査の実態を熟知しているだろう。入管は建て前では「100%検査する」というが、ゴーンだけが自家用機に乗るとき、自分で危険物を持ち込むはずがない。たった2人の乗るチャーター機の荷物を検査する必要はない、と検査官が考えても不思議ではない。

いずれにせよ今のところ、レバノン政府が日本の主権を侵害した証拠はない(入国は合法だった)。考えられるのは、ゴーンが金の力で世界最高の軍事スタッフを雇い、日本の司法当局と入管当局の裏をかいたということだ。

特に大きな失態は出国審査だが、ゴーンの足取りを見失ったことも大きい。保釈のとき弁護団がGPS機器を取り付けることを提案したのに、裁判所は監視カメラだけで24時間監視もしていなかった(監視は日産がやっていた)。逃亡をすぐ察知していれば、入管に連絡できたはずだ。

ゴーンは不法出国した犯罪者であり、彼に日本の司法を批判する資格はないが、司法制度に改めるべき点は多い。グローバル化・情報化に対応した司法改革が必要である。