北朝鮮の狂気「負けたら、地球を滅ぼす」

長谷川 良

年末から年始にかけ仕事の合間に、元駐英北朝鮮大使館公使だった太永浩氏の著書『北朝鮮外交秘録』(文藝春秋発行)を読んでいる。その中に恐ろしい話が書かれていた。

金日成が1991年、人民軍幹部や抗日革命闘志を集めて、「韓国とアメリカに攻撃されたら、われわれの力だけで戦って勝てると思うか」と聞く。軍幹部らが、「首領様、心配しないでください。われわれは間違いなく勝利します」と答える。金日成はその答えに満足せず、「もしわれわれが負けたとしたら、どうするか答えてみろ」と問い続ける。

誰もが答えをためらっていると、金正日が立ち上がり、「首領様、われわれが負けたら、この地球を破滅させます」と答えると、金日成は満足そうに、「私が聞きたかった答えはそれだ。われわれが負けたら、この地球は破滅させなければならない。われわれのいない地球など必要ない」と答えたという(44頁)。

北朝鮮歴代指導者(左から初代・金日成氏、2代目金正日氏=Wikipedia、3代目金正恩氏=朝鮮中央通信)

幸い、金日成も金正日も既に亡くなっているが、その代わり、北は既に大量破壊兵器の核兵器を保有している。「地球を破滅させる」と発言した独裁者はいなくなったが、3代目の独裁者・金正恩氏が登場した。

正恩氏の若い時に遊び友達だった「金正日の料理人」藤本健二氏によると、「正恩氏は生来、大将格の人物で、闘争心が旺盛で、根っからの戦い好きなタイプ」という。その金正恩氏は、祖父や父親と同じように、「われわれが負けたら、地球を破滅させる」と考えているとしたらどうするか。

金正恩氏は先月28日から31日の間開催された労働党中央委員会総会で、「共和国(北朝鮮)の尊厳と生存権を侵害する行為に対しては即時的かつ強力な打撃を加えるべきだ。無敵の軍事力を保有し、強化しなければならない。いかなる勢力もわれわれには武力を使用する考えも及ばないようにすることが、わが党の国防建設の中核的な構想だ」と主張している(韓国聯合ニュース)。

この檄を読む限りでは、金正恩氏は祖父と父親のDNAを継承していると考えて間違いないだろう。具体的には、勝利するか、さもなければ「地球を破滅させる」という路線だ。

自国の軍事力への過大妄想だといって笑ってはいられない。なぜならば、金正恩氏の手には数十基の核兵器のボタンがある。その核兵器が初期段階としても多くの犠牲者が出る破壊力を有しているからだ。

金正恩氏は表明済みだが、核兵器と大陸弾道ミサイル(ICBM)を放棄する考えなど最初からない。トランプ米大統領との首脳会談での非核化への意思表明などは単なる政治的ジャスチャーに過ぎない。もちろん、トランプ氏側も多分、同じ立場だろう。ただ、再選を果たすまではそのジャスチャーを続けなければならないだけだ。

トランプ氏は、「金正恩氏は約束を守る男だ」と口ではいっているが、米国防省では既に先制攻撃、金正恩氏暗殺計画が進められているだろう。金正恩氏が核のボタンを押すような状況が見られたならば、米特殊部隊が即上陸して金正恩氏の暗殺を実行するだろう。もちろん、失敗は許されないから、国際テロ組織「アルカイダ」の指導者ウサマ・ビンラディン暗殺やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)の指導者アブバクル・バグダティ射殺よりリスクは大きい。

南北の非武装地帯で会合したトランプ米大統領と金正恩委員長(ホワイトハウス公式サイトより、2019年6月)

朝鮮半島で米朝が軍事衝突した場合、勝敗は明らかだが、北の核兵器の安全を確保しなければならないだけに、奇襲攻撃しかないだろう。問題は、敗戦を回避できないと判断した時の金正恩氏の出方だ。金日成や金正日のように、「われわれが負けた場合、地球を破滅させる」という狂気のシナリオを正恩氏が選ぶかもしれないのだ。

地球温暖化対策のために戦っているグレタ・トゥ―ンベリさんが聞いたら、びっくりして腰を抜かすだろうが、そのシナリオを完全には排除できない。

当方はこのコラム欄で「『白旗』を揚げない金正恩への恐怖」(2017年2月27日参考)を書いた。正恩氏は自滅するまで戦うだろうが、地球と共に自滅されたら大変だ。だから、米特殊部隊の襲撃は最も現実的なシナリオだが、もう一つは北朝鮮人民軍のクーデターだ。金正恩氏がいなくてもいいが、地球を失ったら大変、と考える人民軍幹部の蜂起だ。

いずれにしても、正恩氏の終わりは平和なものではなく、暴発か自爆の選択を取る可能性は高い。「白旗を揚げる可能性がない指導者、金正恩氏の場合、国際社会は最悪の結果を想定し、その対策に乗り出すべきだろう」と3年前に書いたが、令和2年の新年明けを迎えた今日、その警告はますます現実味を帯びてきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年1月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。