トランプの「ジャクソン主義」とBJCの「悪いひとたち」

篠田 英朗

トランプ政権が発足した直後の2017年初頭、私は、『トランプの「ジャクソン主義」について』という文章を書いた。トランプ大統領は「孤立主義者」だといった政権発足当初の「識者」の方々の描写に、納得ができなかったからだ。

第45代トランプ(Skidmore)と第7代ジャクソン(WhiteHouse

「ジャクソン」とは、第7代合衆国大統領アンドリュー・ジャクソンのことである。日本では明治以来の「ヨーロッパ中心主義」が根強すぎるため、「200年近く前のアメリカの田舎の大統領など知らない」という学者が多い。しかしジャクソンは、アメリカの政治思想史における超重要人物の一人である。

「ジャクソニアン・デモクラシー」で知られるジャクソンは、「庶民(common man)の味方」として知られ、アメリカ政治を大衆化した人物だ。そのため19世紀前半のアメリカの民主主義運動は、「ジャクソニアン・デモクラシー」として知られている。

ただし同時に、ジャクソンは、苛烈な人種差別主義者でもあった。黒人差別は言うまでもないが、ネイティブ・インディアンに対する徹底した虐殺は、米国史においても、際立ったものだった。独立後の北米13州の「市民」たちの間では、まだネイティブ・インディアンとの共存する考え方があった。しかし、19世紀になってから合衆国に加入した南西部州の「市民」たちは、黒人を奴隷として使いながら、ネイティブ・インディアンを抹殺すべき邪魔者とみなしていた。

その「市民」たちの利益を代弁したのが、ジャクソンだ。「ジャクソニアン・デモクラシー」の時代に、アメリカ大陸のネイティブ・インディアンたちは、政治共同体としての存在を、抹殺された。

ところで、1990年代の日本に、強烈な存在感を放っていたBlankey Jet Cityというバンドがあった(今日では椎名林檎さんがBlankey Jet Cityのブランキーの熱狂的ファンであったことが有名だ)。Blankey Jet Cityの代表曲に「悪いひとたち」がある。この曲は、このような歌詞で始まる。

悪い人たちがやって来て、みんなを殺した

理由なんて簡単さ そこに弱い人たちがいたから

女達は犯され、老人と子どもたちは燃やされた

若者は奴隷に 歯向かう者は一人残らず皮を剥がされた

ネットを見ると、このブランキーの歌詞を見て、旧日本軍の大陸での行為を考える人もいるらしい。しかし、Blankey Jet Cityである。この「悪い人たち」の冒頭で参照されているのは、ジャクソン大統領だ、と言わざるを得ない。ジャクソンがネイティブ・インディアンたちに対して行った残虐行為は、Blankey Jet Cityの歌詞だけで物足りないくらいに、残虐なものだった。

このBlankey Jet Cityの「悪いひとたち」という曲は、「第三次世界大戦のシナリオライター」を乗せた「ガイコツマークの俺の黒い車」に轢き殺されることになる黒人の「恋人」が身ごもっている「お腹の赤ちゃんはきっと可愛い女の子さ」というフレーズで終わる。ボーカルのブランキーが「きっと可愛い女の子だから」と繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し叫ぶところで、Blankey Jet Cityの「悪いひとたち」という代表曲は終わっていく。

ジャクソン主義の虐殺の後、独立戦争をへて、アメリカ合衆国の理想は確立された。

多くの人々は、したがってアメリカの理想とは、暴力と偽善の上に成り立っているものだ、と言うだろう。それは真実である。

ただし、国際政治学者ならば、必ずしもそういう言い方を選択しないかもしれない。

果たして人類の長い歴史において、虐殺に手を染めたのは、アメリカ人だけだった、と言えるのか?

ジャクソン主義の虐殺をへて、「アメリカの世紀」と呼ばれる理想主義的な20世紀の国際社会の秩序は確立された。

実はむしろ、アメリカ人とは、虐殺の血塗られた歴史を引き受けるために、理想主義の旗を掲げ続けることを誓った国民のことではなかったか?

日本は、アメリカとの間で、「決勝戦としての最終戦争」(石原莞爾)を戦った後、アメリカの同盟国となって生まれ変わった国である。

ソレイマニ司令官殺害は、残酷な事件であった。ただし、人類の歴史が始まってから最も残虐な事件であった、などといった偽善的ことは、言わないでおこう。

日本は、野蛮なアメリカのトランプ大統領とは、一切全く無縁だ、などといった偽善的なことは、言わないでおこう。

国際政治学も、国際法も、国際社会が残虐なジャングルであることを知っている。アメリカが残虐な歴史を持った国であることを知っている。

それを知った上で、理想を掲げている。

私ですら、トランプ大統領が、人格的にも優れた、素晴らしい大統領だ、などとは思っていない。

だが、そのことは、トランプ大統領の政策が全て間違っていて、トランプ大統領の行動からは何も生み出されることがない、ということを証明しない。

国際政治は不条理だ。日本人は、国際政治を、誤解している。つまり、国際政治は、驚くべきほど、哲学的なのだ。

篠田 英朗(しのだ  ひであき)東京外国語大学総合国際学研究院教授
1968年生まれ。専門は国際関係論。早稲田大学卒業後、ロンドン大学で国際関係学Ph.D.取得。広島大学平和科学研究センター准教授などを経て、現職。著書に『ほんとうの憲法』(ちくま新書)『集団的自衛権の思想史』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)など。篠田英朗の研究室